未刊詩篇

中原中也

〔一九三〇年-一九三二年〕

幻 想

1

何時かまた郵便屋は來るでせう。 / 街の蔭つた、秋の日でせう、

あなたはその手紙を讀むでせう / 肩掛をかけて、讀むでせう

窓の外を通る未亡人達は、 / あなたに不思議に見えるでせう。

その女達に比べれば、 / あなた自身はよつぽど幸福に思へるでせう

そして喜んで、あなたはあなたの惱みを惱むでせう / 人々はそのあなたを、すがすがしくは思ふでせう

けれどそれにしても、あなたの傍の卓子の上にある / 手套はその時、どんなに蒼ざめてゐるでせう

2

乳母車を輓け、 / 紙製の風車を附けろ、 / 郊外に出ろ、 / 墓參りをしろ。

3

ブルターニュの町で、 / 秋のとある日、 / 窓硝子はみんな割れた。

石疊は、乙女の目の底に / 忘れた過去を偲んでゐた、 / ブルターニュの町に辭書はなかつた。

4

市場通ひの手籠が唄ふ / ゆふべの日蔭の中にして、 / 齒槽膿漏たのもしや、 / 女はみんな瓜だなも。

瓜は腐りが早からう、 / そんなものならわしや嫌ひ、 / 齒槽膿漏さながらに / 女はみんな瓜だなも。

5

雨降れ、 / 瓜の肌には冷たかろ。 / 空が曇つて町曇り、 / 歴史が逆轉はじめるだろ。

祖父ぢいさん祖母ばあさんゐた頃の、 / 影象レコード廻るだろ / 肌は冷たく、目は大きく / 相寄る魂いぢらしく

オルガンのやうになれよかし / 愛嬌なんかはもうたくさん / 胸搔き亂さず生きよかし / 雨降れ、雨降れ、しめやかに。

6

昨日は雨でしたが今日は晴れました。 / 女はばかに氣取つてゐました。 / 昨日悄氣たの取返しに。

罪のないことです、 / さも強さうに、産業館に這入つてゆきます、 / 要らない品物一つ買ふために。

僕は輪廻ししようと思つたのだが、 / 輪は僕が突き出す前に驅け出しました。 / 好いお天氣の朝でした。

目次

未刊詩篇

  1. 〔一九二〇年-一九二三年〕
  2. 〔一九二三年-一九二八年〕
  3. 〔一九二八年-一九二九年〕
  4. 〔一九三〇年-一九三二年〕
  5. 〔一九三三年-一九三四年〕
  6. 〔一九三五年-一九三七年〕

〔一九三〇年-一九三二年〕

  1. 夏と私
  2. 郵便局
  3. 幻 想
  4. かなしみ
  5. 北澤風景
  6. 三毛猫の主の歌へる
  7. 干 物
  8. いちじくの葉(いちじくの、葉が夕空にくろぐろと)
  9. カフヱーにて
  10. (休みなされ)
  11. 砂漠の渇き
  12. (そのうすいくちびると)
  13. (孤兒の肌に唾吐きかけて)
  14. (風のたよりに、沖のこと 聞けば)
  15. Qu'est-ce que c'est que moi?
  16. さまざまな人
  17. 夜空と酒場
  18. 手 紙
  19. 夜 店
  20. Tableau Triste
  21. 風 雨
  22. (吹く風を心の友と)
  23. (秋の夜に)
  24. (支那といふのは、吊鐘の中に這入つてゐる蛇のやうなもの)
  25. (われ等のヂェネレーションには仕事がない)
  26. (月はおぼろにかすむ夜に)
  27. (ポロリ、ポロリと死んでゆく)
  28. 疲れやつれた美しい顏
  29. 死別の翌日
  30. コキューの憶ひ出
  31. 細 心
  32. マルレネ・ディートリッヒ
  33. 秋の日曜
  34. (ナイヤガラの上には、月が出て)
  35. (汽笛が鳴つたので)
  36. (七錢でバットを買つて)
  37. (それは一時の氣の迷ひ)
  38. (僕達の記憶力は鈍いから)
  39. (南無 ダダ)
  40. (頭を、ボーズにしてやらう)
  41. (自然といふものは、つまらなくはない)
  42. (月の光は音もなし)
  43. (他愛もない僕の歌が)
  44. 嬰 兒
  45. (宵に寢て、秋の夜中に目が覺めて)
  46. (秋の日の吊瓶落しや悲しさや)
  47. お會式の夜
  48. 蒼ざめし我の心に
  49. (辛いこつた辛いこつた!)
  50. 脱毛の秋
  51. 幻 想
  52. 修羅街輓歌 其の二

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
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