未刊詩篇

中原中也

〔一九三〇年-一九三二年〕

砂漠の渇き

1

私の胃袋は、金の叫びを揚げた。 / 水筒の中にはもはや、一滴の水もなかつた。

私は砂漠の中にゐた。 / 私の胃袋は金の叫びを揚げた。

しかし私は悲しみはしなかつた。 / 私はどこかに猶オアシスを探さうと努力してゐた。

けれども其の時私の伴侶の、 / 途方に暮れた顏をみては私は悲しくなつた。

「ああ、渇く。辛いな」と私は云つた。 / 「辛いな、辛いな」。

そしてはや、私はオアシスのことは忘れてゐた。 / 私は私の伴侶への心づかひで一杯だつた。

日は光り、砂は焦げ、空はグルグルつた。 / 私は私の伴侶への心づかひで一杯だつた。

2

私達二人は渇いてゐた。 / しかし差當りどうすることも出來なかつた。

私は努力しながら、 / しかし、奇蹟を信じてゐた。

そして私は伴侶のためには、 / やがて冗談口を叩きはじめた。

私は莫迦げきつたことを、さも呑氣さうに語りながら、 / 遇には伴侶を笑はせることに成功した。

でもその都度、ともするとつのりゆく私の渇きは、 / 私の冗談口を裏切つた。

伴侶は嶮しい目付で其の時私を見守つた。 / おまへの冗談口なぞ、あまり似つかはしくないよとばかり。

しかし我々は差當り渇きをどうしやうもなかつた。 / 私は祈る代りのやうに、冗談口を叩いてゐた。

3

日は光り、私は渇き、 / 地平はみえず。

わたくしの、理性はいまだ / 狂ひもえせず。

私の伴侶は私に嘆き、 / 伴侶の嘆きに私は嘆き、

日は光り、空氣は蒸れて、 / 足重く、倒れんばかり。

4

私はかくて死にゆくのだが、 / しかし伴侶をいたみながらだ。

5

「對立」の概念の、去らんことを!

目次

未刊詩篇

  1. 〔一九二〇年-一九二三年〕
  2. 〔一九二三年-一九二八年〕
  3. 〔一九二八年-一九二九年〕
  4. 〔一九三〇年-一九三二年〕
  5. 〔一九三三年-一九三四年〕
  6. 〔一九三五年-一九三七年〕

〔一九三〇年-一九三二年〕

  1. 夏と私
  2. 郵便局
  3. 幻 想
  4. かなしみ
  5. 北澤風景
  6. 三毛猫の主の歌へる
  7. 干 物
  8. いちじくの葉(いちじくの、葉が夕空にくろぐろと)
  9. カフヱーにて
  10. (休みなされ)
  11. 砂漠の渇き
  12. (そのうすいくちびると)
  13. (孤兒の肌に唾吐きかけて)
  14. (風のたよりに、沖のこと 聞けば)
  15. Qu'est-ce que c'est que moi?
  16. さまざまな人
  17. 夜空と酒場
  18. 手 紙
  19. 夜 店
  20. Tableau Triste
  21. 風 雨
  22. (吹く風を心の友と)
  23. (秋の夜に)
  24. (支那といふのは、吊鐘の中に這入つてゐる蛇のやうなもの)
  25. (われ等のヂェネレーションには仕事がない)
  26. (月はおぼろにかすむ夜に)
  27. (ポロリ、ポロリと死んでゆく)
  28. 疲れやつれた美しい顏
  29. 死別の翌日
  30. コキューの憶ひ出
  31. 細 心
  32. マルレネ・ディートリッヒ
  33. 秋の日曜
  34. (ナイヤガラの上には、月が出て)
  35. (汽笛が鳴つたので)
  36. (七錢でバットを買つて)
  37. (それは一時の氣の迷ひ)
  38. (僕達の記憶力は鈍いから)
  39. (南無 ダダ)
  40. (頭を、ボーズにしてやらう)
  41. (自然といふものは、つまらなくはない)
  42. (月の光は音もなし)
  43. (他愛もない僕の歌が)
  44. 嬰 兒
  45. (宵に寢て、秋の夜中に目が覺めて)
  46. (秋の日の吊瓶落しや悲しさや)
  47. お會式の夜
  48. 蒼ざめし我の心に
  49. (辛いこつた辛いこつた!)
  50. 脱毛の秋
  51. 幻 想
  52. 修羅街輓歌 其の二

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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