中原中也
私の胃袋は、金の叫びを揚げた。 / 水筒の中にはもはや、一滴の水もなかつた。
私は砂漠の中にゐた。 / 私の胃袋は金の叫びを揚げた。
しかし私は悲しみはしなかつた。 / 私はどこかに猶オアシスを探さうと努力してゐた。
けれども其の時私の伴侶の、 / 途方に暮れた顏をみては私は悲しくなつた。
「ああ、渇く。辛いな」と私は云つた。 / 「辛いな、辛いな」。
そしてはや、私はオアシスのことは忘れてゐた。 / 私は私の伴侶への心づかひで一杯だつた。
日は光り、砂は焦げ、空はグルグル
私達二人は渇いてゐた。 / しかし差當りどうすることも出來なかつた。
私は努力しながら、 / しかし、奇蹟を信じてゐた。
そして私は伴侶のためには、 / やがて冗談口を叩きはじめた。
私は莫迦げきつたことを、さも呑氣さうに語りながら、 / 遇には伴侶を笑はせることに成功した。
でもその都度、ともするとつのりゆく私の渇きは、 / 私の冗談口を裏切つた。
伴侶は嶮しい目付で其の時私を見守つた。 / おまへの冗談口なぞ、あまり似つかはしくないよとばかり。
しかし我々は差當り渇きをどうしやうもなかつた。 / 私は祈る代りのやうに、冗談口を叩いてゐた。
日は光り、私は渇き、 / 地平はみえず。
わたくしの、理性はいまだ / 狂ひもえせず。
私の伴侶は私に嘆き、 / 伴侶の嘆きに私は嘆き、
日は光り、空氣は蒸れて、 / 足重く、倒れんばかり。
私はかくて死にゆくのだが、 / しかし伴侶をいたみながらだ。
「對立」の概念の、去らんことを!
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