中原中也
いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、 / 風に吹かれて / 隙間より、空あらはれる / 美しい、前齒一本缼け落ちた / をみなのやうに、姿勢よく / ゆふべの空に、立ちつくす
――わたくしは、がつかりとして / わたしの過去のごちやごちやと / 積みかさなつた思ひ出の / ほごすすべなく、いらだつて、 / やがては、頭の重みの現在感に / 身を托し、心も托し、
なにもかも、いはぬこととし、 / このゆふべ、ふきすぐる風に頸さらし、 / 夕空に、くろぐろはためく / いちじくの、木末 みあげて、 / なにものか、知らぬものへの / 愛情のかぎりをつくす。
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