中原中也
汽笛が鳴つたので、 / 僕は發車だと思つた。 / 冗談ぢやない、人間の眼が蜻蛉の眼ででもあるといふのかと、 / 昇降口では、二人の男が嬉しげに騷いでゐた。
沖には汽船が通つてゐた。 / 白とオレンジとに染分けてゐた。
硝子の響きは、 / 大人の涎と縁がある。
また
樹々は野に立つてゐる、 / 從順な娘達ともみられないことはない。
空は靑く、飴色の牛がゐないといふことは間違つてゐる。
僕の眼も靑く、大きく、哀れであつた。
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