中原中也
それは冷たい。石のやうだ / 過去を抱いてゐる。 / 力も入れないで / むつちり緊つてゐる。
捨てたんだ、多分は意志を。
/
享受してるんだ、
脆いんだ、密度は大であるのに。
/
やがて
それよ、人の命の聽く歌だ。 / ――意志とはもはや私には、 / あまりに通俗な聲と聞こえる。
それから、私には疑問が遺つた。 / それは、蒼白いものだつた。 / 風も吹いてゐたかも知れない。 / 老女の髮毛が顫へてゐたかも知れない。
コークスをだつて、強ち莫迦には出來ないと思つた。
所詮、イデエとは未決定的存在であるのか。 / 而して未決定的存在とは、多分は / 甞て暖かだつた自明事自體ではないのか。
僕はもう冷たいので、それを運用することを知らない。 / 僕は一つの藍玉を、時には速く時には遲くと / 溶かしてゐるばかりである。
僕は僕の無色の時間の中に投入される諸現象を、 / まづまあ面白がる。
無色の時間を彩るためには、 / すべての事物が一樣の値ひを持つてゐた。
まづ、褐色の老書記の元氣のほか、 / 僕を嫌がらすものとてはなかつた。
風はショウインドーに
風は遠くの街上にあつた。
/
女等はみな、白馬になるとみえた。
/
ポストは夕陽に
直線と曲線の兩觀念は、はじめ
僕は一切の觀念を嫌憎する。 / 凡ゆる文獻は、僕にまで關係がなかつた。
それにしてもと、また惟ひもする / こんなことでいいのだらうか、こんなことでいいのだらうか?……
然し僕には、思考のすべはなかつた
風と波とに送られて / ペンキの剥げたこのボート / 愉快に愉快に漕げや舟
僕は僕自身の表現をだつて信じはしない。
とある六月の
――思へば、彼女はよく肥つてゐた / 綿のやうだつた / 多分今頃冥土では、 / 石版刷屋の女房になつてゐる。――さよなら。
私は親も兄弟もしらないといつた / ナポレオンの氣持がよく分る
ナポレオンは泣いたのだ / 泣いても泣いても泣ききれなかつたから / なんでもいい泣かないことにしたんだらう
人の世の喜びを離れ、 / 縁臺の上に莚を敷いて、 / 夕顏の花に目をくれないことと、 / 反射運動の斷續のほか、 / 私に自由は見出だされなかつた。
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