中原中也
十月の十二日、池上の本門寺、 / 東京はその夜、電車の終夜運轉、 / 來る年も、來る年も、私はその夜を歩きとほす、 / 太鼓の音の、絶えないその夜を。
來る年にも、來る年にも、その夜はえてして風が吹く。 / 吐く息は、一年の、その夜頃から白くなる。 / 遠くや近くで、太鼓の音は鳴つてゐて、 / 頭上に、月は、あらはれてゐる。
その時だ 僕がなんといふことはなく / 落漠たる自分の過去をおもひみるのは / まとめてみようといふのではなく、 / 吹く風と、月の光に仄かな自分を思んみるのは。
思へば僕も年をとつた。 / 辛いことであつた。 / それだけのことであつた。 / ――夜が明けたら家に歸つて寢るまでのこと。
十月の十二日、池上の本門寺、 / 東京はその夜、電車の終夜運轉、 / 來る年も、來る年も、私はその夜を歩きとほす、 / 太鼓の音の、絶えないその夜。
(一九三二・一〇・一五)
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