未刊詩篇

中原中也

〔一九三〇年-一九三二年〕

郵便局

私は今日郵便局のやうな、ガランとした所で遊んで來たい。それは今日のお午からが小春日和で、私が今欲してゐるものといつたらみたところ冷たさうな、板の厚い卓子と、シガーだけであるから。おおそれから、最も單純なことを、毎日繰返してゐる局員の橫顏!――それをしばらくみてゐたら、きつと私だつて「何かお手傳ひがあれば」と、一寸口からシガーを外して云つてみる位な氣輕な氣持になるだらう。局員がクスリと笑ひながら、でも忙しさうに、言葉をかけた私の方を見向きもしないで事務を取りつづけてゐたら、そしたら私は安心して自分の椅子に返つて來て、向うの壁の高いところにある、ストーブの煙突孔でも眺めながら、椅子の背にどつかと背中を押し付けて、二服ほどは特別ゆつくり吹かせばよいのである。 / すつかり好い氣持になつてる中に、日暮は近づくだらうし、ポケットのシガーも盡きよう。局員等の、機械的な表情も段々に薄らぐだらう。彼等の頭の中に各々めいめいの家の夕飯支度の有樣が、知らず知らずに湧き出すであらうから。 / さあ彼等の他方見よそみが始まる。そこで私は歸らざなるまい。 / 歸つてから今日の疲れを、ジツクリと覺えなければならない私は、わが部屋とわが机に對し、わが部屋わが机特有の厭惡をも覺えねばなるまい……。ああ、何か好い方法はないか?――さうだ、手をお醫者さんの手のやうにまで、淺い白い洗面器で洗ひ、それからカフスを取換へること! / それから、暖簾のれんに夕風のあたるところを胸に浮べながら、食堂に行くとするであらう……

目次

未刊詩篇

  1. 〔一九二〇年-一九二三年〕
  2. 〔一九二三年-一九二八年〕
  3. 〔一九二八年-一九二九年〕
  4. 〔一九三〇年-一九三二年〕
  5. 〔一九三三年-一九三四年〕
  6. 〔一九三五年-一九三七年〕

〔一九三〇年-一九三二年〕

  1. 夏と私
  2. 郵便局
  3. 幻 想
  4. かなしみ
  5. 北澤風景
  6. 三毛猫の主の歌へる
  7. 干 物
  8. いちじくの葉(いちじくの、葉が夕空にくろぐろと)
  9. カフヱーにて
  10. (休みなされ)
  11. 砂漠の渇き
  12. (そのうすいくちびると)
  13. (孤兒の肌に唾吐きかけて)
  14. (風のたよりに、沖のこと 聞けば)
  15. Qu'est-ce que c'est que moi?
  16. さまざまな人
  17. 夜空と酒場
  18. 手 紙
  19. 夜 店
  20. Tableau Triste
  21. 風 雨
  22. (吹く風を心の友と)
  23. (秋の夜に)
  24. (支那といふのは、吊鐘の中に這入つてゐる蛇のやうなもの)
  25. (われ等のヂェネレーションには仕事がない)
  26. (月はおぼろにかすむ夜に)
  27. (ポロリ、ポロリと死んでゆく)
  28. 疲れやつれた美しい顏
  29. 死別の翌日
  30. コキューの憶ひ出
  31. 細 心
  32. マルレネ・ディートリッヒ
  33. 秋の日曜
  34. (ナイヤガラの上には、月が出て)
  35. (汽笛が鳴つたので)
  36. (七錢でバットを買つて)
  37. (それは一時の氣の迷ひ)
  38. (僕達の記憶力は鈍いから)
  39. (南無 ダダ)
  40. (頭を、ボーズにしてやらう)
  41. (自然といふものは、つまらなくはない)
  42. (月の光は音もなし)
  43. (他愛もない僕の歌が)
  44. 嬰 兒
  45. (宵に寢て、秋の夜中に目が覺めて)
  46. (秋の日の吊瓶落しや悲しさや)
  47. お會式の夜
  48. 蒼ざめし我の心に
  49. (辛いこつた辛いこつた!)
  50. 脱毛の秋
  51. 幻 想
  52. 修羅街輓歌 其の二

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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