中原中也
疲れた魂と心の上に、
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訪れる夜が
その小兒は色白く、水草の靑みに搖れた、
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その瞼は赤く、その
しかし何事も起ることなく、 / 良夜の闇は潤んでゐた。 / 私は木の葉にとまつた一匹の昆蟲…… / それなのに私の心は悲しみで一杯だつた。
額のつるつるした小さいお婆さんがゐた、 / その慈愛は小川の春の小波だつた。 / けれども時としてお婆さんは怒りを愉しむことがあつた。 / そのお婆さんがいま死なうとしてるのであつた……
神樣は遠くにゐた、 / 良夜の空氣は動かなく、神樣は遠くにゐた。 / 私はお婆さんの過ぎた日にあつたことをなるべく語らうとしてゐるのであつた、 / 私はお婆さんの過ぎた日にあつたことを、なるべく語らうとしてゐるのであつた……
(いかにお婆さん、怒りを愉しむことは好ましい!)
(一九二七・八・二九)
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