中原中也
母は父を送り出すと、部屋に歸つて來て溜息をした。 / 彼の女の溜息にはピンクの竹紙。 / それが少し藤色がかつて匂ふので、 / 私は母から顏を反向ける。
母は獨りで、案じ込んでる。 / 私は氣の毒だが、滑稽でもある。 / 母の愁ひは美しい、 / 母の愁ひは愚かしい。
父は今頃もう行き先で、 / にこにこ笑つて話してる。 / 父の怒りに罪はない、 / 父の怒りは障碍だ。
私は間で惱ましい、 / 私は間で惱ましい、僕はたゞもういらいらとする。 / 私はむやみにいらいらしだす。 / 何方も罪がないので、云つてやる言葉もない。
《では、あゝ、僕は僕を磨かう。 / ですから僕に何にも言ふな!》 / と、結局何時も、僕はさう思つた。 / 由來僕は孤獨なんだ……
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