在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

在りし日の歌

頑是ない歌

思へば遠く来たもんだ / 十二の冬のあの夕べ / 港の空に鳴り響いた / 汽笛の湯氣ゆげは今いづこ

雲の間に月はゐて / それな汽笛を耳にすると / 竦然として身をすくめ / 月はその時空にゐた

それから何年經つたことか / 汽笛の湯氣を茫然と / 眼で追ひかなしくなつてゐた / あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち / 思へば遠く來たもんだ / 此の先まだまだ何時までか / 生きてゆくのであらうけど

生きてゆくのであらうけど / 遠く經て来た日やよる / あんまりこんなにこひしゆては / なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り / 結局我ン張る僕の性質さが / と思へばなんだか我ながら / いたはしいよなものですよ

考へてみればそれはまあ / 結局我ン張るのだとして / 昔戀しい時もあり そして / どうにかやつてはゆくのでせう

考へてみれば簡單だ / 畢竟意志の問題だ / なんとかやるより仕方もない / やりさへすればよいのだと

思ふけれどもそれもそれ / 十二の冬のあの夕べ / 港の空に鳴り響いた / 汽笛の湯氣や今いづこ

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

在りし日の歌

  1. 含 羞
  2. むなしさ
  3. 夜更の雨
  4. 早春の風
  5. 靑い瞳
    1. 夏の朝
    2. 冬の朝
  6. 三歳の記憶
  7. 六月の雨
  8. 雨の日
  9. 春の日の歌
  10. 夏の夜
  11. 幼獸の歌
  12. この小兒
  13. 冬の日の記憶
  14. 秋の日
  15. 冷たい夜
  16. 冬の明け方
  17. 老いたる者をして
  18. 湖 上
  19. 冬の夜
  20. 秋の消息
  21. 秋日狂亂
  22. 朝鮮女
  23. 夏の夜に覺めてみた夢
  24. 春と赤ン坊
  25. 雲 雀
  26. 初夏の夜
  27. 北の海
  28. 頑是ない歌
  29. 閑 寂
  30. お道化うた
  31. 思ひ出
  32. 殘 暑
  33. 除夜の鐘
  34. 雪の賦
  35. わが半生
  36. 獨身者
  37. 春宵感懷
  38. 曇 天
  39. 蜻蛉に寄す

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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