亡き兒文也の靈に捧ぐ
中原中也
通りに雨は降りしきり、 / 家々の腰板古い。 / もろもろの愚弄の眼(まなこ)は淑やかとなり、 / わたくしは、花瓣の夢をみながら目を覺ます。
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鳶色の古刀の鞘よ、 / 舌あまりの幼な友達、 / おまへの額は四角張つてた。 / わたしはおまへを思ひ出す。
鑪の音よ、だみ聲よ、 / 老い疲れたる胃袋よ、 / 雨の中にはとほく聞け、やさしいやさしい唇を。
煉瓦の色の憔心の / 見え匿れする雨の空。 / 賢(さかし)い少女(をとめ)の黑髪と、 / 慈父の首(かうべ)と懷しい……
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