在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

在りし日の歌

初夏の夜

また今年こんねんも夏が來て、 / 夜は、蒸氣で出來た白熊が、 / 沼をわたつてやつてくる。 / ――色々のことがあつたんです。 / 色々のことをして來たものです。 / 嬉しいことも、あつたのですが、 / 囘想されては、すべてがかなしい / 鐵製の、軋音さながら / なべては夕暮迫るけはひに / 幼年も、老年も、靑年も壯年も、 / 共々に餘りに可憐な聲をばあげて、 / 薄暮の中で舞ふ蛾の下で / はかなくも可憐な顎をしてゐるのです。 / されば今夜こんや六月の良夜あたらよなりとはいへ、 / 遠いい物音が、心地よく風に送られて來るとはいへ、 / なにがなし悲しい思ひであるのは、 / 消えたばかしの鐵橋の響音、 / 大河おほかはの、その鐵橋の上方に、空はぼんやりと石盤色であるのです。

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

在りし日の歌

  1. 含 羞
  2. むなしさ
  3. 夜更の雨
  4. 早春の風
  5. 靑い瞳
    1. 夏の朝
    2. 冬の朝
  6. 三歳の記憶
  7. 六月の雨
  8. 雨の日
  9. 春の日の歌
  10. 夏の夜
  11. 幼獸の歌
  12. この小兒
  13. 冬の日の記憶
  14. 秋の日
  15. 冷たい夜
  16. 冬の明け方
  17. 老いたる者をして
  18. 湖 上
  19. 冬の夜
  20. 秋の消息
  21. 秋日狂亂
  22. 朝鮮女
  23. 夏の夜に覺めてみた夢
  24. 春と赤ン坊
  25. 雲 雀
  26. 初夏の夜
  27. 北の海
  28. 頑是ない歌
  29. 閑 寂
  30. お道化うた
  31. 思ひ出
  32. 殘 暑
  33. 除夜の鐘
  34. 雪の賦
  35. わが半生
  36. 獨身者
  37. 春宵感懷
  38. 曇 天
  39. 蜻蛉に寄す

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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