在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

在りし日の歌

靑い瞳

1 夏の朝

かなしい心に夜が明けた、 / うれしい心に夜が明けた、 / いいや、これはどうしたといふのだ? / さてもかなしい夜の明けだ!

靑い瞳は動かなかつた、 / 世界はまだみな眠つてゐた、 / さうして『その時』は過ぎつつあつた、 / あゝ、遐い遐いい話。

靑い瞳は動かなかつた、 / ――いまは動いてゐるかもしれない…… / 靑い瞳は動かなかつた、 / いたいたしくて美しかつた!

私はいまは此處にゐる、黄色い灯影に。 / あれからどうなつたのかしらない…… / あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた! / 碧い、噴き出す蒸氣のやうに。

2 冬の朝

それからそれがどうなつたのか…… / それは僕には分らなかつた / とにかく朝霧罩めた飛行場から / 機影はもう永遠に消え去つてゐた。 / あとには殘酷な砂礫だの、雜草だの / 頰をるやうな寒さが殘つた。 / ――こんな殘酷な空寞たる朝にも猶 / 人は人に笑顔を以て對さねばならないとは / なんとも情ないことに思はれるのだつたが / それなのに其處でもまた / 笑ひを澤山湛へた者ほど / 優越を感じてゐるのであつた。 / 陽は霧に光り、草葉の霜は解け、 / 遠くの民家にとりは鳴いたが、 / 霧も光も霜もとり / みんな人々の心にはまず、 / 人々は家に歸つて食卓についた。 / (飛行場に殘つたのは僕、 / バットの空箱からを蹴つてみる)

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

在りし日の歌

  1. 含 羞
  2. むなしさ
  3. 夜更の雨
  4. 早春の風
  5. 靑い瞳
    1. 夏の朝
    2. 冬の朝
  6. 三歳の記憶
  7. 六月の雨
  8. 雨の日
  9. 春の日の歌
  10. 夏の夜
  11. 幼獸の歌
  12. この小兒
  13. 冬の日の記憶
  14. 秋の日
  15. 冷たい夜
  16. 冬の明け方
  17. 老いたる者をして
  18. 湖 上
  19. 冬の夜
  20. 秋の消息
  21. 秋日狂亂
  22. 朝鮮女
  23. 夏の夜に覺めてみた夢
  24. 春と赤ン坊
  25. 雲 雀
  26. 初夏の夜
  27. 北の海
  28. 頑是ない歌
  29. 閑 寂
  30. お道化うた
  31. 思ひ出
  32. 殘 暑
  33. 除夜の鐘
  34. 雪の賦
  35. わが半生
  36. 獨身者
  37. 春宵感懷
  38. 曇 天
  39. 蜻蛉に寄す

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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