在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

在りし日の歌

秋日狂亂

僕にはもはや何もないのだ / 僕は空手空拳だ / おまけにそれを嘆きもしない / 僕はいよいよの無一物だ

それにしても今日は好いお天氣で / さつきから澤山の飛行機が飛んでゐる / ――歐羅巴は戰爭を起すのか起さないのか / 誰がそんなこと分るものか

今日はほんとに好いお天氣で / 空の靑も涙にうるんでゐる / ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて / 子供等は先刻昇天した

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる / 月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない / デーデー屋さんの叩く鼓の音が / 明るい廢墟を唯獨りで讚美して廻つてゐる

あゝ、誰か來て僕を助けて呉れ / ヂオゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが / けふびは雀も啼いてはをらぬ / 地上に落ちた物影でさへ、はや餘りにあはい!

――さるにても田舍のお孃さんは何處につたか / その紫の押花おしばなはもうにじまないのか / 草の上には陽は照らぬのか / 昇天の幻想だにもはやないのか?

僕は何を云つてゐるのか / 如何なる錯亂に掠められてゐるのか / 蝶々はどつちへととんでいつたか / 今は春でなくて、秋であつたか

ではあゝ、濃いシロップでも飮まう / 冷たくして、太いストローで飮まう / とろとろと、脇見もしないで飮まう / 何にも、何にも、求めまい!……

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

在りし日の歌

  1. 含 羞
  2. むなしさ
  3. 夜更の雨
  4. 早春の風
  5. 靑い瞳
    1. 夏の朝
    2. 冬の朝
  6. 三歳の記憶
  7. 六月の雨
  8. 雨の日
  9. 春の日の歌
  10. 夏の夜
  11. 幼獸の歌
  12. この小兒
  13. 冬の日の記憶
  14. 秋の日
  15. 冷たい夜
  16. 冬の明け方
  17. 老いたる者をして
  18. 湖 上
  19. 冬の夜
  20. 秋の消息
  21. 秋日狂亂
  22. 朝鮮女
  23. 夏の夜に覺めてみた夢
  24. 春と赤ン坊
  25. 雲 雀
  26. 初夏の夜
  27. 北の海
  28. 頑是ない歌
  29. 閑 寂
  30. お道化うた
  31. 思ひ出
  32. 殘 暑
  33. 除夜の鐘
  34. 雪の賦
  35. わが半生
  36. 獨身者
  37. 春宵感懷
  38. 曇 天
  39. 蜻蛉に寄す

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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