中原中也
小林秀雄に
神よ、私は俗人の奸策ともない奸策が / いかに細き糸目もて編みなされるかを知つてをります。 / 神よ、しかしそれがよく編みなされてゐればゐる程、 / 破れる時には却て速かに亂離することを知つてをります。
神よ、私は人の世の事象が / いかに微細に織られるかを心理的にも知つてをります。 / しかし私はそれらのことを、 / 一も知らないかの如く生きてをります。
私は此所に立つてをります!…… / 私はもはや歌はうとも叫ばうとも、 / 描かうとも説明しようとも致しません!
しかし、噫! やがてお惠みが下ります時には、 / やさしくうつくしい夜の歌と / 櫂歌とをうたはうと思つてをります……
(一九二九・一二・一二)
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