中原中也
ああ、神よ、罪とは冷酷のことでございました。 / 泣きわめいてゐる心のそばで、 / 買物を夢みてゐるあの裕福な賣笑婦達は、 / 罪でございます、罪以外の何者でもございません。
そしてそれが恰度私に似てをります、 / 貪婪の限りに夢をみながら / 一番分りのいい俗な瀟洒の中を泳ぎながら、 / 今にも天に昇りさうな、枠のやうな胸で思ひあがつてをります。
伸びたいだけ伸んで、擴がりたいだけ擴がつて、
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恰度紫の朝顏の花かなんぞのやうに、
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朝は露に沾ひ、朝日のもとに
夕は泣くのでございます、獸のやうに。 / 獸のやうに嗜慾のうごめくまゝにうごいて、 / その末は泣くのでございます、肉の痛みをだけ感じながら。
絶えざる苛責といふものが、それが / どんなに辛いものかが分るか?
おまへの愚かな精力が盡きるまで、 / 恐らくそれはおまへに分りはしない。
けれどもいづれおまへにも分る時は來るわけなのだが、 / その時に辛からうよ、おまへ、辛からうよ、
絶えざる苛責といふものが、それが / どんなに辛いか、もう既に辛い私を
おまへ、見るがいい、よく見るがいい、 / ろくろく笑へもしない私を見るがいい!
人には自分を紛らはす力があるので、 / 人はまづみんな幸福さうに見えるのだが、
人には早晩紛らはせない悲しみがくるのだ。 / 悲しみが自分で、自分が悲しみの時がくるのだ。
長い懶い、それかといつて自滅することも出來ない、 / さういふ慘しい時が來るのだ。
悲しみは執ツ固くてなほも悲しみ盡さうとするから、
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悲しみに入つたら最後
理由がどうであれ、人がなんと謂へ、 / 悲しみが自分であり、自分が悲しみとなつた時、
人は思ひだすだらう、その白けた面の上に / 涙と微笑を浮べながら、聖人たちの古い言葉を。
そして今猶走り廻る若者達を見る時に、 / 忌はしくも忌はしい氣持に浸ることだらう、
嗚呼!その時に、人よ苦しいよ、絶えいるばかり、 / 人よ、苦しいよ、絶えいるばかり……
夕暮が來て、空氣が冷える、 / 物音が微妙にいりまじつて、しかもその一つ一つが聞える。 / お茶を注ぐ、煙草を吹かす、藥鑵が物憂い唸りをあげる。 / 床や壁や柱が目に入る、そしてそれだけだ、それだけだ。
神樣、これが私の只今でございます。 / 薔薇と金毛とは、もはや煙のやうに空にゆきました。 / いいえ、もはやそれのあつたことさへが信じきれないで、 / 私は疑ひぶかくなりました。
萎れた葱か韮のやうに、ああ神樣、 / 私は疑ひのために死ぬるでございませう。
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