中原中也
耀く浪の美しさ / 空は靜かに慈しむ、 / 耀く浪の美しさ。 / 人なき海の夏の晝。
心の喘ぎしづめとや / 浪はやさしく打寄する。 / 古き悲しみ洗へとや / 浪は金色、打寄する。
そは和やかに穩やかに / 昔に聽きし聲なるか、 / あまりに近く響くなる / この物云はぬ風景は、
見守りつつは死にゆきし / 父の眼とおもはるる / 忘れゐたりしその眼 / 今しは見出で、なつかしき。
耀く浪の美しさ / 空は靜かに慈しむ、 / 耀く浪の美しさ。 / 人なき海の夏の晝。
(一九二九・七・一〇)
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