中原中也
戀人よ、その哀しげな歌をやめてよ、 / おまへの魂がいらいらするので、 / そんな歌をうたひだすのだ。 / しかもおまへはわがままに / 親しい人だと歌つてきかせる。
ああ、それは不可ないことだ! / 降りくる悲しみを少しもうけとめないで、 / 安易で架空な有頂天を幸福と感じ做し / 自分を賣る店を探して走り廻るとは、 / なんと悲しく悲しいことだ……
神よ私をお憐み下さい!
私は弱いので、 / 悲しみに出遇ふごとに自分が支へきれずに、 / 生活を言葉に換へてしまひます。 / そして堅くなりすぎるか / 自墮落になりすぎるかしなければ、 / 自分を保つすべがないやうな破目になります。
神よ私をお憐れみ下さい! / この私の弱い骨を、暖いトレモロで滿たして下さい。 / ああ神よ、私が先づ、自分自身であれるやう / 日光と仕事とをお與へ下さい!
(一九二九・一・二〇)
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