亡き兒文也の靈に捧ぐ
中原中也
愛するものが死んだ時には、 / 自殺しなけあなりません。
愛するものが死んだ時には、 / それより他に、方法がない。
けれどもそれでも、業(?)が深くて、 / なほもながらふことともなつたら、
奉仕の氣持に、なることなんです。 / 奉仕の氣持に、なることなんです。
愛するものは、死んだのですから、 / たしかにそれは、死んだのですから、
もはやどうにも、ならぬのですから、 / そのもののために、そのもののために、
奉仕の氣持に、ならなけあならない。 / 奉仕の氣持に、ならなけあならない。
奉仕の氣持になりはなつたが、 / さて格別の、ことも出來ない。
そこで
テムポ正しき散歩をなして
/
まるでこれでは、
神社の日向を、ゆるゆる歩み、 / 知人に遇へば、につこり致し、
飴賣爺々と、仲よしになり、 / 鳩に豆なぞ、パラパラ撒いて、
まぶしくなつたら、日蔭に這入り、 / そこで地面や草木を見直す。
苔はまことに、ひんやりいたし、 / いはうやうなき、今日の麗日。
參詣人等もぞろぞろ歩き、 / わたしは、なんにも腹が立たない。
《まことに人生、一瞬の夢 / ゴム風船の、美しさかな。》
空に昇つて、光つて、消えて―― / やあ、今日は、御機嫌いかが。
久しぶりだね、その後どうです。 / そこらの何處かで、お茶でも飮みましよ。
勇んで茶店に這入りはすれど、 / ところで話は、とかくないもの。
煙草なんぞを、くさくさ吹かし、 / 名状しがたい覺悟をなして、――
馬車も通れば、電車も通る。 / まことに人生、花嫁御寮。
まぶしく、
それでも心をポーツとさせる、 / まことに、人生、花嫁御寮。
ではみなさん、 / 喜び過ぎず悲しみ過ぎず、 / テムポ正しく、握手をしませう。
つまり、我等に缺けてるものは、 / 實直なんぞと、心得まして。
ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に―― / テムポ正しく、握手をしませう。
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