在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

永訣の秋

米 子

二十八歳のその處女むすめは、 / 肺病やみで、は細かつた。 / ポプラのやうに、人も通らぬ / 歩道に沿つて、立つてゐた。

處女むすめの名前は、米子と云つた。 / 夏には、顔が、汚れてみえたが、 / 冬だの秋だのには、きれいであつた。 / ――かぼそい聲をしてをつた。

二十八歳のその處女むすめは、 / お嫁に行けば、その病氣は / 癒るかに思はれた。と、さう思ひながら / 私はたびたび處女むすめをみた……

しかし一度も、さうと口には出さなかつた。 / 別に、云ひ出しにくいからといふのでもない / 云つて却つて、落膽させてはと思つたからでもない、 / なぜかしら、云はずじまひであつたのだ。

二十八歳のその處女むすめは、 / 歩道に沿つて立つてゐた、 / 雨上がりの午後、ポプラのやうに。 / ――かぼそい聲をもう一度、聞いてみたいと思ふのだ……

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

永訣の秋

  1. ゆきてかへらぬ
  2. 一つのメルヘン
  3. 幻 影
  4. あばずれ女の亭主が歌つた
  5. 言葉なき歌
  6. 月夜の濱邊
  7. また來ん春……
  8. 月の光 その一
  9. 月の光 その二
  10. 村の時計
  11. 或る男の肖像
  12. 冬の長門峽
  13. 米 子
  14. 正 午
  15. 春日狂想
  16. 蛙 聲
  17. 後 記

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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