在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

永訣の秋

或る男の肖像

1

洋行歸りのその洒落者は、 / としをとつても髪に綠の油をつけてた。

夜毎喫茶店にあらはれて、 / 其處の主人と話してゐるさまはあはれげであつた。

死んだと聞いてはいつそうあはれであつた。

2

――幻滅ははがねのいろ

髪毛のつやと、ラムプの金との夕まぐれ / 庭に向つて、開け放たれた戸口から、 / 彼は戸外に出て行つた。

剃りたての、頸條うなじ手頸てくび / どこもかしこもそはそはと、 / 寒かつた。

開け放たれた戸口から / 悔恨は、風と一緒に容赦なく / 吹込んでゐた。

讀書も、しむみりした戀も、 / 暖かいお茶も黄昏たそがれの空とともに / 風とともにもう其處にはなかつた。

3

彼女は / 壁の中へ這入つてしまつた。 / それで彼は獨り、 / 部屋で卓子テーブルを拭いてゐた。

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

永訣の秋

  1. ゆきてかへらぬ
  2. 一つのメルヘン
  3. 幻 影
  4. あばずれ女の亭主が歌つた
  5. 言葉なき歌
  6. 月夜の濱邊
  7. また來ん春……
  8. 月の光 その一
  9. 月の光 その二
  10. 村の時計
  11. 或る男の肖像
  12. 冬の長門峽
  13. 米 子
  14. 正 午
  15. 春日狂想
  16. 蛙 聲
  17. 後 記

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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