在りし日の歌

亡き兒文也の靈に捧ぐ

中原中也

永訣の秋

あばずれ女の亭主が歌つた

おまへはおれを愛してる、一度とて / おれを憎んだためしはない。

おれもおまへを愛してる。前世から / さだまつてゐたことのやう。

そして二人の魂は、不識しらずに温和に愛し合ふ / もう長年の習慣だ。

それなのにまた二人には、 / ひどく浮氣な心があつて、

いちばん自然な愛の氣持を、 / 時にうるさく思ふのだ。

佳い香水のかをりより、 / 病院の、あはい匂ひに慕ひよる。

そこでいちばん親しい二人が、 / 時にいちばん憎みあふ。

そしてあとでは得態の知れない / 悔の氣持に浸るのだ。

あゝ、二人には浮氣があつて、 / それが眞實ほんとを見えなくしちまふ。

佳い香水のかをりより、 / 病院の、あはい匂ひに慕ひよる。

目次

在りし日の歌

  1. 在りし日の歌
  2. 永訣の秋

永訣の秋

  1. ゆきてかへらぬ
  2. 一つのメルヘン
  3. 幻 影
  4. あばずれ女の亭主が歌つた
  5. 言葉なき歌
  6. 月夜の濱邊
  7. また來ん春……
  8. 月の光 その一
  9. 月の光 その二
  10. 村の時計
  11. 或る男の肖像
  12. 冬の長門峽
  13. 米 子
  14. 正 午
  15. 春日狂想
  16. 蛙 聲
  17. 後 記

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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