中原中也
松の木に風が吹き、 / 踏む砂利の音は寂しかつた。 / 暖い風が私の額を洗ひ / 思ひははるかに、なつかしかつた。
腰をおろすと、 / 浪の音がひときは聞えた。 / 星はなく / 空は暗い綿だつた。
とほりかかつた小舟の中で / 船頭がその女房に向つて何かを云つた。 / ――その言葉は、聞きとれなかつた。
浪の音がひときはきこえた。
亡びたる過去のすべてに / 涙湧く。 / 城の塀乾きたり / 風の吹く
草靡く / 丘を越え、野を渉り / 憩ひなき / 白き天使のみえ來ずや
あはれわれ死なんと欲す、 / あはれわれ生きむと欲す / あはれわれ、亡びたる過去のすべてに
涙湧く。 / み空の方より、 / 風の吹く
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