中原中也
昨日まで燃えてゐた野が / 今日茫然として、曇つた空の下につづく。 / 一雨毎に秋になるのだ、と人は云ふ / 秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、 / 草の中の、ひともとの木の中に。
僕は煙草を喫ふ。その煙が / 澱んだ空氣の中をくねりながら昇る。 / 地平線はみつめようにもみつめられない / 陽炎の亡靈達が起つたり坐つたりしてゐるので、 / ――僕は蹲んでしまふ。
鈍い金色を滯びて、空は雲つてゐる、――相變らずだ、―― / とても高いので、僕は俯いてしまふ。 / 僕は倦怠を觀念して生きてゐるのだよ、 / 煙草の味が三通りくらゐにする。 / 死ももう、とほくはないのかもしれない……
『それではさよならといつて、
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めうに眞鍮の光澤かなんぞのやうな
彼奴の目は、沼の水が澄んだ時かなんかのやうな色をしてたあね。 / 話してる時、ほかのことを考へてゐるやうだつたあね。 / 短く切つて、物を云ふくせがあつたあね。 / つまらない事を、細かく覺えてゐたりしたあね。』
『ええさうよ。――死ぬつてことが分つてゐたのだわ? / 星をみてると、星が僕になるんだなんて笑つてたわよ、たつた先達よ。 / ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ / たつた先達よ、自分の下駄を、これあどうしても僕のぢやないつていふのよ。』
草がちつともゆれなかつたのよ、
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その上を蝶々がとんでゐたのよ。
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死ぬまへつてへんなものねえ……
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