monologue : Same Old Story.

Same Old Story

二人の答え

条文が読み上げられるのをじっと待つ。大丈夫、きっと大丈夫だ。今までの判例も研究論文も世論調査も、使えるものは何でも使った。このくたびれた容姿の裁判官を味方につけるためなら、私は何だってしただろう。

「判決を読み上げます」

もったいぶった口調で、結末がすぐそこまでやってくる。

夫との離婚が決まってからすぐに頭に浮かんだのは、愛しい一人息子の親権、養育権についてだった。まだ産まれて間もないこの子をあの男に渡すわけにはいかない、そう心に決め、法的手続きの準備にかかった。

「甲の申し立て通り、幼い子供の情動形成には母親の存在が重要であり……」

予想通り彼もまた、息子を自分の手で育てたいと考えていた。裁判は半年かけて行われ、自分の親としての適正を裁判官にアピールする日々が続いた。

「……また、養育するための経済的体力も十分に持ち合わせていると判断され……」

ゆっくりと判決が読み上げられる。彼、私の元夫は、思い通りにいかない結末を予測してか、わずかにうなだれている。

譲るわけにはいかなかった。過去の親権をめぐる判例、実母が子供に及ぼす影響についての論文、自分の経済的な状況と展望、どれほど息子を思っているか……半年かけて、吐き出せるものは全て吐き出した。

「……以上より、養育は甲の手にゆだねられることが妥当と考えられる」

そして、私は勝ち取ったのだ。歓喜の叫びを慌てて押さえる。そして、裁判官が咳払いをひとつ。

「しかし」

私の喜びは、瞬間に冷まされてしまった。

「乙においても養育のための条件は必要十分に備わっており」

乙。元夫。彼もまた、驚きに表情を染められていた。

「子のためにより重要なのは男親ではない、とするには根拠が薄く、また性差別的な観点からも不平等であり」
「待って、私が提出した母親についての論文があるじゃない!」
「静粛に」

くたびれた容姿から、鋭い眼光が放たれる。私は黙って座り込む。元夫を擁護するような文言が続く。

「……以上より、男親と女親のどちらが重要かという点については、まさしく甲乙つけがたく」

でもそれじゃ、と言いかけて、慌てて飲み込む。でもそれじゃ、裁判にならないじゃない。わかってるの、両親が大切なことは。でも、それじゃ。

「しかし現実的にどちらの親にもゆだねないわけにはいかず、またどちらにも養育の意思がある」
「……そうよ」
「よって、甲と乙とその息子、三方に納得のいく解決策を考える必要がある」

裁判官が、ここへ、と誰かに向かって言うと、小さな子供……ちょうど私の息子と同じ年くらいの子供を抱えた女性が、三人、法廷へ入ってきた。

「ここに三人の男児がある。産まれた日月も時刻もほぼ同じ。一人は甲と乙の息子であり、あとの二人は遺児と孤児である。この三人の中から、それぞれ一人ずつを引き取り、育てなさい」
「……そんな」
「希望する児がもし同じだった場合」
「ちょっと待ってよ! こんな、こんなの」
「今に限り親権を放棄することもできる」
「……そんな、見分けなんて。私はこの半年、裁判のために息子から引き離されてたのよ! 見分けなんてつくわけがないじゃない」
「その点においては」

彼……元夫も、困惑の目で裁判官を見ていた。

「甲と乙はもちろん、我々もどの児が甲と乙の息子か知らない。直前に全て情報は破棄されている」
「……そんな、そんな……」
「さあ、迷うことはない。自分で区別がつかないのなら、きっとどれでも構わないのだろう」

くたびれた姿の裁判官は、もう法廷にはいなかった。壇上には、人間のような格好の悪魔が、私に決断を促していた。私は、あんなに毛嫌いしていた元夫が、世界に残された唯一の味方のような、そんな気さえしていた。

Fin.

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