monologue : Same Old Story.

Same Old Story

解離性現実障害

ずっと、夢かまやかしの中にいるような感覚を抱いている。何時頃からか、はっきりと断言することはできない。モラトリアムを終えて社会の一員になって、初任給と最初の五月病を何とか乗り越えて、のあたりからだとは思うけれど。

「彼女、は、違うよな」

また、同じ感覚。彼女も、だ。

「……何だろうなあ」

知らない誰かが、知っている誰かのような気がしている。ずっと、そんな錯覚に苛まれている。例えばスーパーのレジ係、例えば喫茶店のウェイトレス、例えば郵便配達員……。

「前に会ったことがあるから、ってわけでもないのに」

確かに彼らは僕の知り合いじゃないし、どこかで会ったこともなさそうだった。人に対する既視感、とでもいおうか。初対面の人が、僕に近しい誰かなのにそのことを思い出せず悶々としている、というような。

そうやって妙な感覚に悩まされてはいるものの、現実問題何か不都合があるわけではないから、カウンセリングなんかを受けるにも至っていない。不思議な、不気味な、消化不良がくすぶっているだけの話だ。

このところ僕は、喫茶店に入るときなんかは特に、ある種の覚悟を抱えながら扉を押す。

(……やっぱり、まただ)

一瞬僕を見て「いらっしゃいませ」と言ったウェイトレスが、親しい誰かのような感覚。

「ご注文は?」
「アイスコーヒー」

つい彼女を目で追う。他の客へメニューを渡す、コーヒーを運ぶ、テーブルを拭く……やはり、赤の他人には思えなかった。あまり凝視するものだから何度か視線が合って、慌てて目を逸らす。しかしすぐに、また姿を追ってしまう。

この感覚はいったい何なのか? ただの気のせい? 僕だけなのか?

コーヒーが運ばれてくる。見ず知らずの彼女が運んでくる。

「アイスコーヒーです」
「ああ、ありがとう」

彼女はしばらく僕のことをじっと見ていた。何事かと身構えた僕に言う。

「あの、失礼ですけど前にどこかで?」
「え?」

あまりに僕が見つめるものだから、不審に思ったか。

「……いや、前世で縁のあった人かなと、そう思ってたんだ」

苦しい言い訳に、思わず自分でも苦笑いする。が、彼女は意外にもあっさりと納得した。

「そっか、言われてみればそういう感覚に似てるわね」

豆鉄砲を食らったような僕を気にかけることなく、彼女は仕事に戻って行った。まさか彼女も、しかも一方通行じゃなかった、なんて考えると、無性におかしなことに思えてきて、笑いをこらえることができなかった。赤の他人の、マスターと客が僕に怪訝そうな視線を投げかける。ウェイトレスは、少しだけ微笑んでいた。

Fin.

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