monologue : Same Old Story.

Same Old Story

招かれざる客

「はい、どちら様?」

インターホンが鳴り、小型のモニタに玄関先の様子が映し出される。そこには一人の若い男が、カメラを覗き込むようにして立っていた。

「東区電力事業所の者です。定期点検に参りました」

帽子を取り頭を下げる男。私は一呼吸置いてから、モニタの横に備え付けられた説明書きをゆっくりと、丁寧に読み上げた。

「あの、申し訳ないけれど、うちは最新型の防犯設備を使ってるのよ。今あなたのいる場所から、小さな黒い点が見えるでしょう? それが監視カメラになってるの」
「ああ、そうなんですか」
「そうなの。だから、ええと、その」

男は大して動じる様子もなく、私の次の言葉を待っているようだった。私は説明書きを指でなぞり、一つ目の項目を読み終えたことを確認した。

ここ数年、凶悪犯罪は増加の一途を辿っている。自宅にいた主婦が消防署や警察官の訪問だと勘違いして扉の鍵を開け、押し入り強盗に重傷を負わされるだの、酷いときには命まで落とすような事件が続発しているのだ。そこで私が利用していた警備会社は、防犯設備に加えてひとつのガイドラインを用意した。犯罪者予備軍をそれとなく追い返すための、簡単な話術ともいえるものだ。

「ええ、そう、監視カメラになってるのよ、これ」
「そうなんですか。最近は物騒ですからね」

男は笑っている。並大抵の不届き者であれば、ここいらで多少ひるみそうなものだが。

「それで、この防犯設備はちょっと特別製なのよ」
「どういった風に?」
「訪問者の身分証明か何かを照会しないと、鍵が開かないの」
「それはまた大層な設備ですね」
「わかっていただけるかしら、物騒なものだから」

二つ目の項目を指でなぞる。相当念入りに下準備をしたものでなければ、咄嗟に身分証明などできるはずがない。しかもそれを照会するなんて言われれば、少なからず狼狽はするだろう。

「わかりました。車の中にあるので取ってきます」

男はそう言って、監視カメラの視界から消えた。数十秒待っても現れる気配はなく、相当胆の座った悪党だったか、と、嫌な汗が流れる頃に、男は笑顔で戻ってきた。

「すみません遅くなって、車の中が酷い散らかりようで」
「構いませんわ、身分証明ができるのなら」

男は財布のようなものから一枚のカードを取り出し、カメラにそれを向けた。

「これ、私の社員証なんですが、どうしたらいいですか」
「カメラにもう少し近づけてくださるかしら。五秒で照会は終わるわ」

私は三つ目の項目を指でなぞった。スイッチを操作し、画面を切り替える。身分証を照会中の男を別角度のカメラから監視し、その様子を探る。

本当のことを言ってしまえば、そんな大層なシステムなんて備え付けられていない。なぜなら、そんなものは必要ないからだ。こうして挙動を確認するだけでも、またそうけしかけるだけでも十分に犯罪抑止力はある。犯人にとって思わぬ反撃にでもなれば、躊躇を隠すことは容易ではないのだ。

「……照会終わりました、どうもありがとう」

私はスイッチを再度操作し、カメラを通常の画面に切り替えた。男は何も疑うことのない微笑みを浮かべてそこに立っている。間違いない、彼は本物の業者だろう。

「少し待っててくださる、今鍵を操作していますから」

鍵を外し、男を家に迎え入れる。彼は笑顔で言った。

「大変ですね、お互いに。こんな物騒な世の中じゃ、無駄に気苦労重ねるでしょう」
「ええもう本当に。訪ねる人訪ねる人皆疑っていなきゃいけないなんて、神経をすり減らす思いです」
「それにしても、厳重な防犯設備なんですね」
「ええ、身分を偽る悪者が多いみたいで」

くだらない社交辞令と愛想笑いを繰り返していると、男が突然、厳粛な顔つきになって言った。

「ただ、奥さんに、ひとつだけ忠告しておきます」
「あら、何かしら」
「世の中には、罪を犯すときに身分を偽ったり、人から隠れようと思いもしない連中だっているんですよ」

男は鞄から、定期点検用のチェックシートと、何やら大きなものを包んだ布の塊を取り出した。それが拳銃だと気付いたときには、銃口が私の眉間に照準を合わせていた。

Fin.

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