monologue : Same Old Story.

Same Old Story

男を見る目

どうしてあんなものに夢中だったのだろう、と思うことがある。私に限った話ではないのだろうけれど。

「ねぇあなた、ちょっと話があるの」
「うるさいな。後にしてくれ、忙しいんだから」

私の言葉に耳を傾けず、手元の雑誌に夢中になる夫。どんな呼びかけにも同じ答えを返すくらいだから、余程私に興味がないのだろう。

(どうしてこんな男と結婚したのかしら)

若い頃の自分に対して腹が立つ。仕事もできず魅力的でもないこの男を、有名国立大学出だというだけで選んでしまったことに。

どうして私には、男を見る目がなかったのだろう。

「ねぇ、聞いて」
「後にしてくれって言ってるだろう」

どうして当時付き合っていた恋人を選ばなかったのだろう? 両親の強い薦めもあったけれど、お見合いなんて断って恋人と一緒になった方が、私はいくらか幸せだったような気がする。学歴はなかったけれど、少なくとも彼には優しさと愛情があった。

(学歴が人を幸せにするわけがないじゃない)

そして数ヶ月前、私は偶然彼に出会った。彼は会社を興し、その業界内ではちょっとした有名人になっていた。物腰はすっかり上流社会のそれになり、羽振りもだいぶ良さそうだった。

踏んだり蹴ったりだ、と私は思った。

「とても大事なことなの」
「いい加減にしてくれないか、後で聞くってさっきも」

ようやく夫は私を見たが、言葉はそこで途切れ、彼は大量の汗を流しながらうめき声をあげ始めた。

「私、人生やり直すわ」

用意してあったスーツケースを手に、私は家を出た。

数ヶ月前に会った彼に、こう持ちかけられた。君のことが忘れられずにいる、僕とやり直してくれないか、と。私に断る理由はなかったから、決心するのにそう時間はかからなかった。

ただ、何もかもうまくいくわけではなかったが。

(何も聞き入れようとしないからよ)

私の夫は離婚に反対し、協議に応じようともしなかった。裁判でも起こせば良かったのかも知れないが、私にとってはそのための一分一秒が何よりも耐え難い苦痛でしかなかった。それほど、私は夫を嫌悪していたのだ。

だから、食事に毒を盛ることにも、何の抵抗もなかった。

彼との待ち合わせ場所に着く頃には、夫のことは頭からほとんど消え失せていた。新しく始まる生活のことでいっぱいになっていたのだ。

「やあ、早かったね」

彼はもうそこにいて、私を抱き寄せてそう言った。

「やっぱり、あなたを選ぶべきだったわ。私、何年も間違ったまま生きてきたのよね」
「気にするなよ、これからはずっと一緒にいられるんだから」
「ええ、そうね。あなたとの生活のことを考えると、どんな不安も消えてしまうわ」
「とにかく、車に乗りなよ」

彼が停めてあった高級車に歩み寄り、運転席へ乗り込む。私はスーツケースをしまうためにトランクを開けた。

そこにはまだ少し温かい女性の死体が、両手と両足を折り曲げた格好で詰め込まれていた。

「妻なんだ、なかなか離婚に応じてくれなくてね。仕方なくこういうことになった。幸いまだ誰にも気付かれていないみたいだから、今から逃げれば捕まらないだろう」
「……そんな。明日から逃亡生活だっていうの?」
「君とならどこでだってやっていけるよ。それさえあれば他に何もいらない」

そう言って彼はエンジンをかけた。

そうか、私には男を見る目がないのではなくて、男運がなかったのだ。ふとそんなことを考え、明日から始まる逃亡生活のために、私は車に乗り込んだ。

Fin.

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