monologue : Other Stories.

Other Stories

いつかのこと : 1/3

航空機が墜落してホテルは炎上して、おかげで心身症と欠陥住宅が話題になって、イギリスとアルゼンチンが百五十年来の領土紛争に決着をつけた。ミニスカートが流行ったのも五百円硬貨が製造されたのもこの年だ。一九八二年。僕らの生まれた年。

「八十年代の映画ってビジネスって感じがするわ」
「商業戦略そのものだって言うんだろ? 今日何回目だよそれ」

その八十年代の映画の DVD を何本か抱えたまま、助手席の彼女が言う。

「ロマンスなんか見え見えの奇跡しか起こさないし、ホラーだって」
「殺人鬼の隠れてる場所がわかるくらい、って言うんだろ」

片手でハンドルを操りながら、僕は何度も聞いたセリフを復唱する。

夜道の運転も慣れたし、助手席の人の顔を見ない会話にも慣れた。子供の頃、リアシートから父親の運転する姿を見て「器用なことができる人だ」なんて思ったものだが、自分がやってみればなんてことはない。手品のネタバレよりもシンプルでつまらなかった。

「要するに "慣れ" なんだよな」
「何が? ホラーもロマンスも、観る側が慣れたってこと?」
「まあそれもあるけど」

助手席の彼女は、僕の恋人ではない。彼女が恋人だったらどんなだったろう、と想像することは何度かあったけれど。

「自分の生まれた時代のモノなんて、もう二十年以上も見てるだろ?」
「自分が生まれた年に何があったかを知ってる人は少ないわ」
「そりゃそうだろうけど」

自分が赤ん坊だった頃のことはね、と僕は付け足した。大人になってからも知らない人だって多いわ、と彼女も付け足した。

やがて僕らの乗った車が目的地に着く。

「大家がうるさいから、部屋に入るまでは静かにしてて」
「わかってるわよ、今さらそんなこと」

車を降りる前に、いつも二人の間で交わされる会話。その後本当に二人とも無言で階段を上り、二階の一番奥の部屋まで抜き足で歩く。若葉荘という古臭いアパートの二〇三号室。僕の部屋。

「はい、お疲れ様」

いつもよくしゃべる彼女が全く何も言わない数十秒間、彼女は息すら止めてしまってるんじゃないだろうか、と僕はいつも思う。

「客が来るのがわかってるんだから、ちょっとは片付けなさいよ」

窮屈そうな靴を脱いで、上がりこむ彼女が言うのはいつもそのことだ。特にちらかってるわけでもないのだが、彼女はどうしても気になるんだとか。いつも最初に一言言うだけだから、我慢できないというほどでもないのだろうけれど。

「ねぇ、どれから観る?」

借りてきた DVD を並べて、彼女が僕に問いかける。

「それ、なんだっけ? 観たことあるかも」
「これは……ロボットが人間になりたがる話じゃなかったっけ」
「今にしてみればありがちだな」
「これがオリジナルで、模倣の作品が多すぎるってだけでしょ」

借りてくるのはいつも八十年代の映画。特に前半の。彼女いわく、九十年代以降の映画は平面的すぎて退屈なのだという。無理なシーンを撮るときはすぐにコンピュータ・グラフィックスに頼って、なんとか特殊効果で見せかけていた八十年代に比べて、努力が足りないのだとか。

「どれでもいいよ、どうせ一週間借りたんだろ」

いつも僕のこの一言で二人は悩むのをやめて、一番左か、一番右に置いた映画を観る。十二時を過ぎた頃に一本観終わって、それからもう一本観るか、そういう気分でもないときは寝てしまうことにする。彼女は泊まっていく。

「うちに泊まってくって誰か知ってるの?」
「誰も知らないよ。親も、彼氏も」

僕らはベッドに入る前にいつも同じ会話をする。答えはわかっている。僕と一緒に過ごす時間のことを、彼女は誰にも話さない。

「相変わらずだよね」
「何考えてるかわかんないって?」

彼女は笑うけれど、きっと何も真剣には考えていないのだろう。二人で一緒のベッドに入って、何も悩まないということはないだろうけれど。

「いつも思うんだけど」
「いつもそう言うね」
「僕って何?」
「私たちがそれに答えを出したことがある?」
「ないね」

この会話を交わして、僕らは泥のように眠る。翌日に予定がないなら、大抵昼まで。いつ始まったかも覚えていないこんな生活を、きっと僕はずっと続くものだと思っていた。少なくとも翌日、彼女が慌てて起きるまでは。

To be continued

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