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カウントゲーム

  1. ゲーム開始
  2. 発見
  3. 68
  4. 気付いたときには
  5. 転送
  6. 消去不可
  7. 試み
  8. 悪く思わないで
  9. 救いの手
  10. 君のための努力
  11. 打開策
  12. 要求
  13. 勝利の代償
  14. 簡単なこと
  15. ゲームオーバー

試み

Day 2, AM 06:55 Chapter 2: 萩原 綾

「やだ、パンきらしてたんだっけ」

キッチンのテーブルを眺めてつぶやく。いつも朝食に食べる食パンをきらしていることを思い出して、覚めきらない頭と体から力が抜けていく気がした。いつもの習慣、例えば毎日の朝食に必要な食材がひとつ欠けるだけで、その日一日がとてもけだるいものになる。彼女はそう考える人間だった。

「会議が長引くからいけないのよ。あんな学生気分の抜けないプレゼンで引っ張るくらいなら、さっさと切り上げた方がよっぽど好印象だわ」

いかにも不機嫌そうな口調でつぶやき、テレビの電源をつけてチャンネルをニュースに合わせる。

「あら、タイムリー」

ニュースの特集は、新型のコンピュータウィルスの話題だった。メールや特定のアドレスにアクセスすることで PC に侵入するウィルス、その感染力や現在猛威をふるっているウィルスの特徴、など、時系列に沿って紹介しているところだった。

「特集組んでるってことは、新種でも発見されたのかしら」

自分の PC に目をやる。昨晩見たメールのことが自然に頭に浮かぶ。

「……今のうちに駆除しとこうかな」

会社に行くにはまだ時間が早い。いつものパンもないから、何か食べる気にもなれず、朝食どころかコーヒーの準備をする気にもならなかった。五分もあれば、プログラムを走らせておくことくらいはできる。会社から帰る頃には綺麗に駆除されているだろう。

「プログラム実行が終わったら電源落としとくようにしとけば……」

PC を起動してウィルススキャンツールを起動して、検索するドライブを指定……とそこまで作業を進めたとき、メールソフトがメール着信の音を鳴らした。

「……? 新着メール? どこに?」

確かに音は鳴ったが、どこにも新着のメールらしきものはなかった。既読で最も新しいメールが画面に表示される。それは確かに昨晩も読んだメールだった。

「これはゲームです、か……」

それとなく目で追っているうちに、彼女は数値の変化に気付いた。

「54……? 昨日は確か 58 だったはずなのに」

さっきのメール着信音は? メールに仕込まれたプログラムが、勝手に着信音を鳴らしたんだろうか。これがゲームだというなら、警告か何かのつもりで。

「警告? 何の?」

ゲームを勝手に止めてはいけない。このメールは転送しなければいけない。

「……くだらない」

自分が頭の中に浮かべた言葉を、すぐ耳元で誰かがささやいたような気がした。手早くスキャンツールの設定を終えて、身支度を始める。いつまでも PC の前に座り込んでいるわけにもいかない。

「そうよ、帰る頃には綺麗さっぱり」

スーツに身を包み、肩にかけた鞄から鍵を取り出す。ハイヒールにゆっくりと片足づつ差し込み、誰に会っても崩さない笑顔を準備する。くだらないゲームに付き合っていられるほど、現実世界は時間を与えてはくれない。

「行ってきます」

誰もいない部屋に呼びかけ、ハイヒールを鳴らして部屋を出て、外から扉に鍵をかける。かちり、がちゃがちゃ、という戸締りの確認の音を最後に、部屋は静まり返った。

彼女が部屋を出て二時間ほど後、その静寂の中に小さな音が響いた。彼女の愛用する PC の、メッセージダイアログ表示時の音だった。

116,534 ファイルを検索しましたが、ウィルスは発見されませんでした。

やがて検索を終えた PC は、彼女の設定した通り、電源を落として静かになった。

To Be Continued