monologue : Other Stories.

Other Stories

長い長い手紙 : 9/12

「彼女、一体なんの病気なんだい?」
「あら、ご存知ないんですか?」
「彼女教えてくれなかったから……それとも君に聞いたらまずいかな?」
「あまり喜んでお教えできるものじゃありませんが」
「そうか、ならいいよ。病名だけ聞いても理解できそうにないし」

僕が大人しく引き下がったので、事務の看護婦は安心したようだった。振り返ってエレベーターに向かう途中で気づいた。

「……そうか、車椅子じゃなくて担架用のエレベーターなのか」

だからこんなに大きいのか、と今さら情けない発見をする。とりあえず、これからどこへ向かおう。

「あのさ、手術ってどれくらい時間がかかるもの?」
「一時間ですむこともありますし、二時間三時間の場合もありますが」
「彼女……本間さんの場合は長引きそう?」
「さあ、緊急に、っていう場合は予定と狂いますので……」
「そうか……病院の中で時間つぶせそうなところは?」
「一階ロビーにカフェテリアがありますよ」

事務の看護婦に軽く礼を言って、今度は階段の方に向かった。次に担架を使わなきゃいけないときに、僕が乗ってたら何かと迷惑だろう。病院内で迷子になりそうになって少し後悔したが。

カフェテリアは思ったよりも空いていて、経営難にならないかと思うほどだった。時間帯によって混み具合も変わるだろうし、経営難なんてあり得ないのだろうけども。とにかく、静かに時間をつぶせそうだった。

僕は、テーブルの上に彼女からの手紙を置いた。

ずっとずっと好きでした

これ以上ないくらいにシンプルな手紙。透けてしまいそうな便箋にえがかれた、折れてしまいそうな彼女の字。

ごめんね、びっくりした? 他にいい方法が思いつかなくて。
この封筒に気づかなければ、それはそれでいいんだけど。

池脇 千佳子

封筒の中に隠された、おそらく彼女の本音。十何年もどこか奥底にしまいこまれて、ようやく陽の目を見た封筒。

彼女は、僕を覚えていた。確かに、僕の名前をなぞった。

「 サ エ キ ク ン 」

確かにそう言った。……僕は、記憶の断片を集めてる最中だというのに。

机に突っ伏して、目を閉じて祈った。手術が無事成功しますように。彼女が無事に退院して、思い出話でも何でもできますように。

カフェテリアでのゆるやかな時間の流れの中、僕はひたすら祈り続けた。外から射し込む光は、やがて夕方のそれへと移り変わっていった。

To be continued

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