monologue : Other Stories.

Other Stories

目には目を : 5/5

4 / 5 PM 9:15

「へぇ、こいつは恐ろしい話だ」

愛想笑いと一緒にそう告げると、店主は調理場を整理し始めた。古びた居酒屋には客は一人しかおらず、どうやらこれから増える見込みもなさそうだった。無駄な仕事は控えてさっさと切り上げる魂胆らしい。

「まだ続きを聞くかい?」
「ええまあ、お客さんが話したいんなら聞きましょうや」

店主は少しひきつった笑いを見せた。それに気付かなかったか、あるいはそれを気にすることなく男は続けた。

「彼のアパートを訪れた樋山刑事の調べで、彼の罪は明るみに出ることになった」

手にしたグラスから酒をあおりながら、少しだけ笑みを浮かべて続ける。

「少なくとも三年間は塀の中、ってことになるだろうね」
「それが復讐だったんですかい? その、犯人か誰だかの」
「復讐?……ああ、手紙の話か。"君の命で" って話だろ?」

無言でうなずいて店主が続きをうながす。適当に止めに入るよりはさっさと全部吐き出させてしまおう、というつもりらしかった。

「何も復讐になってないんじゃないですかい? 命も何も」

それを聞いて、男は小さく吹き出した。店主が不思議そうに顔を覗き込む。

「何言ってるんだよ、ようやく序章が終わったくらいのところだぜ」
「…………?」
「彼は三年間塀の中さ。だが、出てきてもまたすぐに逆戻りだ。ただし、今度は病院の塀だろうけど」
「いったいどういうことなんですかい?」

飽き飽きしていた表情が、謎解きに挑むようなものに変わっていた。

「出てきたらまた彼は悩むのさ。自分の罪は一生背負うものなんだって」
「そんなことわからないんじゃ? もしかしたら罪の意識なんて……」
「そうもいかないさ。また自分の周りの人間がどんどん死んでいくことになるんだから」
「……? ということは……?」
「彼の周りではまた人が死んでいく。もちろん同一人物の仕業だけれど。原因が自分にあると考える彼は、それに心を傷めて気を病むだろうね」
「神経をすり減らすってことですかね」
「ノイローゼってやつになるだろう」
「……入院して、また元気になって出てきて……」
「同じことが繰り返され、すぐに元の場所に戻る……延々繰り返しさ」
「それが "命で償う" ってことで?」
「……死ぬことが償いになるとは限らないからね」

大きく息を吐き出して店主が言う。

「いやあ、本当にぞっとする話だよ。あんた、脚本家志望だったっけね」
「……まあそんなところだ」
「ドラマか何かにするのかい? それとも映画?」
「そのうちわかるよ……あまり急かさないでも」

そう言うと男はようやく席を立った。店主は少し安堵の表情を見せたが、思い直したように彼に問いただした。

「あー、ひとつだけ気になることがあるんだけど、いいかい?」
「ああ、何だい?」
「その、復讐をする人物……ってのは、いったい誰の何なんだい?」

男は顔だけを店主に向けて答えた。

「まだまだ物語は続くよ、彼の人生は長いから。……僕の自己紹介なんかいつでもできるだろ」

少し不気味な微笑みを残して、彼は暖簾をくぐっていった。

Fin.

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