monologue : Other Stories.

Other Stories

帰郷

吹き抜けの快晴、空前の猛暑。響く蝉の声と、頬をつたう汗。私の二年振りの里帰りは、まさしく夏だった。

「たまには帰ってきなさいな」
「わかってるわよ、母さん」
「今年はおじいちゃんの三回忌なんだし」
「…………」

祖父が亡くなったのはもうそんなに前だったか。私は日々に流されるのに精一杯で、時間のことも忘れていたのかも知れない。電話口の母の声が聞こえる。

「いっぱいお世話になったのに、お墓参りだって」

現実が遠のき、記憶が蘇る。祖父と墓参りに行ったときのことだろうか。

「……おばあちゃんのお墓?」
「そうだよ。ばあさんがこの下で眠っとる」

当時まだほんの中学生で、生まれて初めての墓参りをした私。祖母の墓と向き合う私に、祖父はこう言った。

「辛いことがあったらここに来るといい。ばあさんが話を聞いてくれる」

たいして素敵な話でもない。綺麗な花畑でも、だだっ広い公園でもない。当時の私には似つかわしくない、おごそかな霊園だった。

でも、その場所はとても荘厳だった。とてもシンプルなのに美しくて、私は嫌いじゃなかった。ただ私がおばあちゃんっ子だったからかも知れないが。

(おばあちゃん……)

祖母がなくなったとき、私は小学生だった。私が覚えているかぎり、私自身が誰よりも泣いた。後で祖父はこんなふうに笑って語った。

「孫娘あやすのに精一杯でな。自分が泣く暇もありゃせんかった」

祖母が亡くなっても、祖父は泣かなかった。癌だったと言っていたから、もう心の準備はできていたのかも知れない。

「……っと、聞いてるの? もしもし?」
「……聞いてるわよ。明日の寝台急行で帰るから」
「あら、ずいぶん急なのね。あと一週間は催促する準備ができてたのに」

母の言葉を適当に受け流し、私は電話を切った。故郷のことより、祖父のことで頭がいっぱいになっている。気が付けば翌日で、気が付けば電車の中だった。

そして気が付けば、懐かしい生まれ故郷に着いていた。

「あらあら、本当に帰ってきたのね」

母が冗談めかして言う。それに笑顔で答えて、私は我が家に上がりこんだ。

「部屋は物置になってるわよ」

背中に母の声を受けながら、私は物でいっぱいの自分の部屋に向かった。自分の荷物を部屋に紛れさせると、すぐに居間へ向かった。家族皆がここで食事をした、懐かしい居間。

(……おじいちゃん……)

懐かしさとともに、また一人減った我が家を広く感じた。ふいに私は涙をこらえられなくなって、洗面所へ向かった。締まりの悪い蛇口も懐かしかった。

(後でお墓参りに行こう)

懐かしい声が蘇る。包み込むような、祖父のあの声。

「辛いことがあったらここに来るといい。ばあさんが話を聞いてくれる」

また頭がいっぱいになっていた。気が付くと私は家を飛び出していた。そして 2km の距離を歩き、見覚えのある場所に立っていた。

「確か……」

蝉たちの合唱が続く。記憶をたどって、古いが綺麗な墓の前に立った。二人が中に入っている、あの墓石だ。

「……おじいちゃん、久しぶり」

祖父に話したいことがたくさんあった。大学のこと、友人のこと、それに……もっとたくさん。新しい生活のこと、新しい環境のこと、祖父がいなくなったときのこと。私は祖父も癌だとは知らなかったが、葬式で泣くことはなかった。ただ、最初に一人きりになったときはどうしようもなかったが。

「……おじいちゃん、しばらく来なくてごめんね」

私は墓石の前で祖父に話しかけ続けた。何度も同じ話をしたかも知れない。話が前後して、自分でもよくわからない部分もあった。普段の会話もこんな風だったら、私には友達ができなかったかも知れない。とにかく、支離滅裂でも全部話そうと思った。

そしてひととおり話し終えた後、それは起こった。あんなに大騒ぎをしていた蝉たちに、一瞬の静寂が訪れた。

風が目の前を吹き抜けていった。

" 少しはすっきりしたかの? "

「……おじいちゃん」

気が付けば私は泣いていた。辺りには誰もいなかったが、読んで字の如く、人目を気にせず泣いた。母が私を見つけるまでの三十分間、私は泣き通した。

「もう帰っちゃうなんて、いつからそんなにせっかちになったの?」
「学校に用事があるの。外せないんだ」

翌日にはもう帰ることにした。駅まで見送りに来た母が、冗談めかして言う。

「今度は "ゆっくり帰ってこい" って言うわ」
「そう言ったら一週間かけて歩いて帰ってくるわ」

昔と変わらない高い声で母が笑う。列車は、田舎の駅によく似合うスピードで走り出した。ゆっくりと、別れを惜しむように。

「元気でね。からだに気をつけて」
「……母さん」
「たまには連絡よこしなさい」
「……わかりました」

母は、別れ際にほんの少し泣いた。電車がスピードに乗ると、私はかがみこんで、外から見えないように少しだけ泣いた。

(やだ……涙もろいみたい)

顔をあげて、姿勢を正してシートに座る。後方に流れゆく、故郷にさよならの挨拶をしながら。

吹き抜けの快晴、空前の猛暑。私は、確かに祖父に会った。蝉たちの合唱の中、懐かしい私の生まれ故郷で。

Fin.

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