monologue : Project K.

Project K

さて世間を騒がせている凶悪な連続放火犯についてですが、科学特捜部の尽力により犯行内容が解明されつつあります。犯人が使用するのは特殊な化学薬品を使った原始的な発火装置であり、これを被害者の衣服あるいは皮膚にぶつけるなどすることにより……

物騒な報道が食事時にも平然と流され、それを聞く側も少し麻痺してきたような、異常の中に埋もれてしまった日常。今日も放送のネタになっているのは、建造物や置物を相手にするのではなく、人に対して火を点ける……いわば放火殺人犯、それも連続殺人犯についてのことだった。

「じゃあ、ちょっと見回り行ってくるわ」

ここ一ヶ月かそこらで、被害者は六人にも及んだ。今日のような寒い夜、人気のないような薄暗い路上で、煌々と何かが燃えている。消防隊や自治体の協力で何とか消し止めてみれば、そこに残るのは、消し炭のようになった人間の遺体だった。

「気を付けてね、何かあったら無理するんじゃないよ」
「わかってるよ。母さんも戸締り気を付けて」

一週間に一件か二件、そんな物騒な事件が起こっている。それもどこか一定の地域ではなく、まるで犯人はあちこちを渡り歩きながら事件を起こしているような、そんな印象を与えるほど発生地域はまばらだった。昨日半島部で起こったかと思えば、一昨日は山間部で起こった、なんていう無差別さで、地域の警備会社や青年隊や、個人のつながりで不審者を早期発見できるよう期待するとか、そういったことにすがることでしか僕らは安心して過ごせないようになっていた。

「行ってきます」

非常用の防犯ブザーを握り締め、薄暗くなった近所の視察に出かける。僕の住む町では若い男が当番で、自主的に近所の警邏をするようになった。

「さむっ……」

火の用心、と掛け声をかけながら、自宅の周りから徐々に範囲を広げて、見たことのない車やバイクやその他不審なものがないか、と目を凝らす。家を出て三十分ほど経って、辺りがますます暗く翳り始めた頃、背後から僕を呼び止める声があった。思わず強張った体をほぐすように念じながら、ゆっくりと顔を後ろへ向ける。

「……なんだ、お前か」
「なんだはないでしょお、警務員さん」

子供の頃から顔見知りの、友人というには少し疎遠な、小学生時分に同級生だった、男が立っていた。

「お疲れさんよ、ご苦労さん」
「……お前は何してるんだよ」
「別に、何にも、してない」

舌足らずの声が応える。

彼と疎遠なのは、特別な要因があってのことではなくて、彼が地域にとって好まれないタイプの人間だったからどこの親も遠ざけたという、それだけのことだった。素行不良、犯罪者予備軍、できそこない……呼び方はどこかの親ごとに、色々ではあっただろうけれど。

「ちょっとこっちは忙しくてさ、用事だったらまた後で聞くよ」
「そりゃないんじゃないの、待ちなよ」
「悪いね、また今度」

凶悪な犯罪者も厄介だが、彼も彼でまた厄介なことは確かで、僕は適当に言い繕ってその場を立ち去ろうとした。が、彼はそれを聞き入れようとせず、僕の目の前に回り込み、突然右手にナイフを構えて僕に見せ付けた。

「いいじゃん、ちょっと待てよ。少し貸してくれよ、な? お前もう就職してんだろ?」
「……今は持ち合わせてないな。また今度な」
「おい、ふざけんなよ、おい」

彼が顔を近付ける。前歯の見えない口の、乾燥しきった唇が不気味に動く。

「俺のこと舐めてんじゃねえよ、おい」
「……持ってないものはしょうがないだろ」
「ふざ、ふざけんなよ。知ってんだぞお前ら、放火のやつ探してんだろ? お前が俺のこと馬鹿にしてんなら、俺だって火くらい」

ナイフを僕の頬に近付ける。切っ先が目尻に、とその瞬間、彼が声をあげる。

「あ」

瞬間、僕の目の前がぱっと明るくなり、彼が僕にもたれかかれようとする。本能的に払いのけると、彼の背中の方から、光が立ち上るのが見える。それが炎だと気付くのに、僕はどれだけの時間を要しただろうか。

「……おい、おい!」

彼は呆然とした表情で倒れ込み、そのまま動かなくなった。そこへ何か、野球ボールのようなものが投げつけられ、炎が一段と勢いを増す。寝起きにカーテンを開けられて光に驚くような、それのもっと強烈なやつを目の当たりにして、僕は身をすくめて何とか離れる。

辺りを見回すと、十メートルくらい離れたところに一人、男か女か、わからないけれど誰かが立っていた。両手で何かボールのようなもの、きっと彼に投げつけた物騒なそれを弄んでいたそいつは、僕をじっと見ていたようだった。僕はそいつが男か女かどうかもわからなかったけれど、確かに、にやりと笑うのを見た。

「……なあ、おい、なあ……」

けれど、どうせこのまま燃えてしまっても。今誰かに気付かれても、もう助からないだろう。僕が守りたいのは、犯人を捕まえることよりこの町を守ること、だったらもういっそ……。

「おい、おい……」

そいつが立ち去るまで僕は、呆けてしまった老人のように、動かなくなった彼に呼びかけ続けた。直後、近所の住人が炎に気付くまで。僕は、防犯ブザーを鳴らすことなんて、一度も考えずに。

ただ、炎は勢いよく燃え、一人を真っ黒焦げにした後、静かに消え去った。

Fin.

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