monologue : Project K.

Project K

スイッチ・ラグ

「ここまでは順調、ってところだな」

乱れかけた呼吸を整えるように、相棒が小声で、ゆっくりとそう話す。僕は少しだけ周囲を気にしながら、ほとんど音にしないような大きさの声で、そうだな、とだけつぶやく。冷え切った空気が肌を刺すような感覚。いつものそれと、大差ない。

「よし、あとはこのデカブツだけだ……打ち合わせ通りに頼むぜ、相棒」
「ああ、わかってる」

僕らの目の前には、この世のどんなものより硬そうな金属で組み上げられた、無骨で、けれどシンプルさゆえに優雅にも見える、途方もない大きさの金庫がある。壁と一体化して設置されたそれは、人一人が余裕で通れる高さの円形の扉を持ち、その左右に、野球のボールほどの直径の円柱が、壁に対して垂直にせり出している。これがこの金庫を開く「鍵」になっている。

「いいか」

相棒がベストの中から丁重に複製鍵を取り出す。僕は黙ったままうなずき、自分のベストのポケットに手を突っ込む。

僕らは、遠慮のない言い方をしてしまうならば、金庫破りの泥棒組織だ。組織といってもたった二人だけだけれど。企業や大手銀行などを相手にした大掛かりな仕事を専門としている。今回の軍事産業企業のように、自社ビルの中に機密保管室を持っている企業は決して少なくない。その中に保管されている情報を盗み出すことができれば、買い手はいくらでもいるのだ。もちろん、リスクはとてつもなく大きいけれど。

「じゃあ、合図で同時にいくぞ」

うんざりするくらい緻密なセキュリティを何とか潜り抜け、ようやく最後の難関の前に立っている。この金庫は、左右に設置された二本の円柱に鍵穴が付いている。その二つの鍵穴に同時に鍵を差し込み、同時に回さなければならない。

「最後の最後はシンプルに機械式、ってこと」

扉の直径は二メートル、一人では絶対に開けられない。複製鍵だけでは乗り越えられないトラップだ。鍵を回すタイミングも、二分の一秒以上の誤差があってはいけない。失敗すれば体の自由を奪う電流が流れ、警備室、警備会社、重役員のもとへ直通で伝達され、一巻の終わり、ゲームオーバーだ。

「打ち合わせ通り、頼むぜ。さもなきゃ電気ショックと、せっかく眠らせといたセキュリティが目を覚まして、ガードマンもセットのコースだ」

僕らはこの本番に向けて幾度となく練習を重ね、誤差二分の一秒は百回に一度も起こらなくなった。打ち合わせ通り合図で鍵を回せば、財宝の山、というわけだ。

打ち合わせ通り、回せば。

「三、二……一っ」

鍵を差し込む。電流は流れない。成功だ。

「第一段階、と……」

打ち合わせ通り、鍵を回せば、だ。

僕は、密かな計画を抱いていた。この仕事から足を洗うこと。できれば、相棒を塀の中へ放り込んでしまうこと。彼を始末して今までの取り分を僕が独占すれば、これから一生を三回遊んで暮らしてもお釣りがくる。もう、リスクを抱えてこそこそ金庫を破る必要はない。僕は、密かな計画を抱いている。

「いくぞ」

僕が鍵を回さなければ、彼の鍵を伝って電流が流れる。そう、彼にだけ。彼が体の自由を奪われると同時にセキュリティシステムは目を覚まし、ガードマンが三十秒とかからず駆けつけるだろう。その間に僕はこの建物から脱出、なるべく早くにこの街を離れる。そのための下準備も済ませた。脱出用のルートだけは監視カメラを永久的に沈黙させた。彼にはばれないように。

「三、二」

僕が、鍵を回さなければ。僕は、脱出を。

「一っ」

本当は二秒だろうか三秒だろうか、けれどそれは十分にも十五分にも思えた。冷え切った空気が肌を刺す。

「……流れないか、やっぱりな」

彼は、床に倒れも壁にもたれもしていなかった。彼には、電流は流れていないようだった。

「……え?」
「お前、回さなかったな?……回さないつもりだったな?」

鍵から手を離せないまま、指一本動かせないまま、僕を責める彼の視線と対峙する。体の周りを殺気が漂うような気がした。

「まあ、お互い様だ。俺も回さなかったからな」
「……どうして、回さなかったんだよ」
「同じだよ、お前と。俺の方が一枚上手だったけどな」

彼が、鍵穴から鍵を引き抜く。金属の擦れる音。

「お前にはひとつ言ってないことがあった、もちろんわざとだ。鍵、片方だけ差し込んである状態でも」

瞬間、指先から何かが僕の体を駆け抜け、膝から力が抜ける。彼の声はぼんやりと遠く、姿も霞んでもう見えなかった。

Fin.

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