monologue : Project K.

Project K

雪山の四人

「そう、東側のだ。よろしく頼むよ。……人数? とりあえず、生きてここに残ってるのは四人だ」

"非常用" と書かれた通信機に一通り伝えるべきことを伝えると、サングラスの男は受話器をいやに丁寧に通信機のフックに戻し、ふう、とため息をついて他の男たちの方へ視線を向けた。

「救援、吹雪が収まったら来るってさ」
「そうか、そりゃ助かった」
「この様子だと、あと二・三時間もすれば天候は良くなるだろう」

無骨な木材で組まれた、一見無造作な設計の、しかし見るからに頑丈なその山小屋には、四人の男たちが数時間前から閉じ込められていた。登山客の少なくない山の中腹よりやや上部に位置するため、災害時や緊急時にはここへ立て篭もる者も少なくはなかった。もっとも、容易に天候の荒れるこの時期に山へ入ることは、多少なりとも登山の心得がある者からすれば自殺行為に等しいものではあったが。

「さて」

通信機を扱っていたサングラスの男が、石炭ストーブを囲んでぐるりと座った男たちの顔を一通り見渡した。

「少なくともあと数時間はここにいるわけだ。何かこう、面白い話でもないか」
「そういえば俺たち、お互いに名前も知らないな」

彼らは一緒に山へ入ったわけではなかった。四人は別々に山へ入り、吹雪に遭い、逃げ込んだ山小屋の中でつい先程初めて顔を合わせた、という間柄だった。

「名前、ね」

サングラスの男は思うところがあるのか、ため息をついて天井を見上げた。その左隣に座る口ひげの男が、低い声で問い掛ける。

「別に名前なんぞどうだっていいだろう。どうせ下山したら一生顔を合わせるわけでもない、自己紹介で数時間も楽しめるとも思えんがね」
「そりゃそうだ」

口ひげの男の向かいに座った、少し顔色の悪い華奢な男が賛同する。残った金髪の男も頷く。

「好きに呼んでくれよ、サングラスでも三角帽子でも」

サングラスの男は自分の頭を指差してから、小屋に入ったときに三角の帽子を脱いだことをうっかり忘れていた、という仕草を付け足した。くだらない冗談だ、と口ひげの男がつぶやき、他の二人と一緒に、控え目に笑う。

吹雪は若干弱まったようではあったが、それでも唸るような音で山小屋を取り囲んでいた。石炭ストーブで空気があたためられ、揺らぎながら上昇する。

「ところで」

しばらくの沈黙の後、金髪の男がふいに口を開いた。

「あんたたち、は、なんでこの時期のここへ?」

突き刺すような視線が三人を順に巡る。談笑していたさっきまでの雰囲気に比べ、一瞬にして小屋全体に別の空気が充満したような、張り詰めたものを全員が感じていた。

「登山経験があるならこの山の冬がどんなに恐ろしいか知っているだろうし、ウィンタースポーツなんてそれこそお門違いだ。危ないと知っててここへ入った理由は?」

小さく鼻をならして笑い、金髪の男がつぶやくように続ける。

「許可のない山越しの越境、か? 隣の国じゃ二十四時間体勢で監視してるって噂だぜ。見つかりゃ問答無用で銃殺だってあり得る」
「……そういうお前はどうなんだよ」

華奢な男に切り返され、一瞬言葉を失う。

「お前こそ越境目的でここに来たんじゃないのか? 案外いいルートが見つからなくてカマかけるつもりでそんなこと言ったんだろう」
「よさないか」

サングラスの男が間に入ってなだめる。口ひげの男がうつむいたまま、嘲笑まじりにつぶやく。

「場所なんか変わったって何も変わりゃしねえよ、隣の国でもこの国でも。差別も失業も犯罪も」
「……あんたは何しに来た?」

金髪の男が今にも掴みかかる勢いで、口ひげの男にくってかかる。挑発的な態度に応じることなく、口ひげの男はうつむいたままでいる。

「さっきも言ったろう、どうせ下山したら一生顔も合わせないんだ。俺が何しにここへ来たか、なんて、どうだっていいことだ」
「そうかい? 俺は興味津々だね。命がけで何しにこんなところへ来てる? 知ってるぜ、三年前の冬にこの山で行方不明になった女。記事にあった連れの男の特徴が、あんたにぴったりじゃないか」

頭から爪先までじっくりとなめまわすように見る金髪の男を、口ひげの男が鋭い視線で睨み返す。

「だったらどうだっていうんだ」
「捜索……じゃないよな。そんなもの、捜索隊がしらみつぶしにやったはずだ。遺体も何も見つからなかったそうだが」
「もうよせよ」
「いいか、ひとつ俺の推理を聞かせてやる。面白い話が聞きたいんだろう」

華奢な男の制止を振り切り、金髪の男が立ち上がって口ひげの男の背後に回る。軽い興奮状態にあるのか、その目付きはどこか焦点が定まっていないようにも見える。

「遺体が見つかっていないのはきっとこうだ、隠したやつがいるのさ。あんたの連れの女を殺したか、死んじまったのにびびって遺体を隠したやつがいるのさ」
「やめないか」

サングラスの男も立ち上がる。

「遺体を隠したのが誰かって? 今、俺の目の前にいるさ! そいつは毎年この山に入り込んでは、人に見つからないよう遺体を新しい場所に移すか、カモフラージュをやり直す。冬だったら登山客も観光客もいない、吹雪に遭わなきゃ作業だって難しくない。あとは、次の冬まで山が隠してくれることを祈る、ってのはどうだい」
「……それ以上言ってみろ」
「どうするって? 俺も殺すのかよ!」
「野郎!」

口ひげの男が突然立ち上がり、金髪の男に掴みかかる。残りの二人が止めに入るが、二人は組み合って転げまわり、小屋の床や壁に何度も頭を打ち付ける。そのうちどちらかが出血し、辺りは血まみれになっていった。

「やめろ! やめるんだ!」
「うるせえ、この野郎!」
「なんだよ!」
「よせって、もうよせって!」

しばらく揉み合った後に二人は引き離され、肩で息をしながらにらみ合う。

「くだらないことで体力を使うんじゃない」

サングラスの男に諌められ、ばつが悪そうに二人は別々の方を向いた。サングラスの男が手を叩き、提案だ、とつぶやく。

「吹雪はまだ数時間は続くかも知れない。お互い顔も見たくないだろうしつまらないことで怪我が増えても良くない……交代で休息するってのはどうだ。火の番もあるし、二人ずつ横になって休んで、一時間か三十分おきに交代しよう」
「休息? 二人ずつだって?」

金髪の男が冷やかすような口調で声を荒げる。まだ息は切れて、興奮は冷めない。

「今のこいつの様子見たか? 俺が眠ってる間に何されるかわからんぜ」

口ひげの男は指差されて罵られても反応しない。

「だから二人ずつ、だ。彼は僕と一緒に休息して、僕と一緒に火の番をする。君は彼と」

言葉を失っていた、華奢な男を指差す。

「彼と一緒に眠って、一緒に火の番をしてくれ」
「……わかった、夢だったら早く覚めたいもんな」

サングラスの男が華奢な男に顔を近づけ、そっと耳打ちする。

「気をつけて、彼は薬でもやってるのかも知れない」
「え、ああ……ああ、わかった」

少し戸惑いがちに答えるのを見て、小さく頷く。金髪の男は、まるで本当に薬物中毒か狂人のように、小屋の壁を右手で叩きながら叫んでいる。

「もしかしたら遺体の隠し場所はこの小屋のどこか、なんてな! 秘密を知ったら殺されちまうぜ!」
「もうよさないか……君たちが先に眠るといい」

サングラスの男になだめられて渋々、金髪の男は休息の準備を始めた。口ひげの男は何も言わず、ただサングラスの男に目配せで、謝罪か感謝か、何かの合図を送った。

「救援要請は何時だ?」
「昨夜十一時過ぎです、警部」
「何だって?」
「十一時過ぎです!」

すっかり晴れ渡った空を、機体に誇らしげなエンブレムの入った小さなヘリコプターが飛んでいる。パイロットの他に乗っているのは、一人の警部と警部補、それに鑑識班から要請のあったいくつかの調査用のツール。

「で、昨夜、吹雪が止んだのは?」
「午前二時半です」
「何?」
「二・時・半です!」

ヘリコプターは地上二メートルの点で静かに滞空し、乗員が降り道具が下ろされるのを待った。

「それで、現場の様子は?」
「凄惨なものです。山小屋の……ご覧になった方が早いかと」

ああ、と生返事を返し、何人かの警察官が周辺の様子を調べている山小屋の中へ、警部は警部補を従えて足を踏み入れた。扉を開けてすぐ三メートル四方の小さな部屋があり、中央に石炭ストーブが備え付けられているが、もうそれは冷え切ってしまっているようだった。

「……酷いな。三人か」

部屋には惨殺体が三人分、部屋中に血飛沫を飛ばして転がっていた。

「身元は? 三人、登山の申請もチェックしろ」
「了解しました」
「一人は金髪男性、恐らく二十代、細身の男性、これも恐らく二十代、もう一人は……二十代から三十代、顔に眼鏡の破片のようなものがいくつか刺さってる」
「警部、こちらに」

現場を調査していた警察官に呼ばれ、警部は小屋の外へ向かう。

「……ここは、だいたいどれくらいの高さなんだ?」
「標高およそ二千五百です」
「成人男性がここまで登るか、下りるのにどれくらいかかる?」
「何せ気まぐれな山ですから、二日か三日はかかるかも知れません」
「じゃ」

足跡ひとつない真っ白な雪山、麓まで遮るもののない見晴らしの良い景色、数時間前に晴れ上がったばかりの雲ひとつない空を見渡してから、警部が警察官に尋ねる。

「この男は、誰が殺したんだ?」

警部と警察官の目の前には、雪に埋もれず口ひげの男の遺体が転がっている。首を鉈のようなもので切られ大量に出血しているが、男の周囲以外には、血の一滴も落ちた様子はない。男の襟元には女性のものと思われる長い髪の毛が数本まとわりついていたが、それの持ち主が判明することはなかった。

Fin.

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