monologue : Project K.

Project K

幸せな結末

『どうです、脂身たっぷりのお肉もこんなに簡単に! さらにこの後お野菜を切っても、ほら、こんなにスムーズに!』

デモンストレーションに合わせて、数人の中年女性のため息混じりの声が流れる。へえ、すごいわねえ、すてきだわ。どんなに鈍くとも、それが録音されたものだと気付くのに十五分も要らないだろう。

「今日も夕飯美味しかったよ」

台所から男が現れ、部屋の照明を少し薄暗いものに切り替えながら言う。テレビ画面をじっと見つめていた女は、何も言わずにただ笑顔を返した。

「君の料理への情熱には全く頭が下がるね。作り物の通販番組のデモだってこんなに真剣に見てるんだから」

茶化すような言葉に少しふてくされてみせてから、何事もなかったように愛らしい笑顔で女が答える。

「だって、料理は私の生き甲斐だもの。美味しいものを作るために必要な道具は、やっぱり真剣に選ばないとダメだわ」
「それで、今回のデモはどう? 新しい包丁はお眼鏡に叶ったかい?」
「ええ、すごくいいわね。脂の乗ったお肉を切り易いのは良いことだし、その後の手入れもそんなに大変じゃないみたい。一昨日注文したから、明日にでも届くと思うわ」
「そりゃ結構なことで」

男が女の横に腰を下ろし、肩を抱き寄せ髪を撫でながら言う。

「君の生き甲斐のおかげで僕の舌もだいぶ肥えたよ」
「そうでなくっちゃ困るわ。審査員だって優秀な方が良いに決まってる」

ははは、と控えめに笑い、男は少し遠い目で昔のことを思い出した。

「君と初めて会ったのはいつだったっけな。もう五年前?」
「六年になるわね、きっと」
「ああ、そうだっけ。君と暮らし始めて、四年目?」
「四年半よ」

女が男を見つめる。男は、女の額に軽くキスをした。

「毎晩美食に見舞われて、おかげで体もだいぶ肥えた」
「今が理想的な体型だわ。初めて会ったときのあなたって、ひょろひょろで全然魅力的じゃなかったもの」

ふふ、と笑う女に、少しだけ複雑な表情をしてみせる。

「じゃ、どうして僕と付き合う気に?」
「そんなこと、簡単に言い表せるかしら?」

女が男の頬にキスをする。

「さて、どうだろう」

少し考え、ためらうような仕草の後に女が言う。

「初めて私の家で食事をしたときのこと覚えてる? 私が新しいメニューを考えて、あなたがそれを試食に来てくれたときのこと」
「ああ……五年前?」
「そう。実を言うとあの料理はちょっと失敗だったんだけど、あなたは一口も残さずに食べてくれたじゃない。『こんな美味いものだったら毎日でも食べたい』なんて」
「ああ、そんなことも言ったかな」

照れ隠しに目を逸らし、テレビを見つめる振りをする男。その横顔を見つめる女の目は、少し潤んでいるようにも見える。

「嬉しかった。思いやりのある人なんだなって思ったわ」
「そうかな。どうだろう」
「ええ、そうよ。四年半、一度も料理に文句言わないんだもの」
「おまけに皿洗いまでしてる」

顔を見合わせ、二人とも笑う。

「僕だって君と一緒にいられて良かったと思ってる。もちろん、料理に関すること以外でもね」
「私だってそうよ、あなたがいてくれて本当に良かった。おかげで物心ついた頃からの夢も叶いそうだわ」
「へえ、それは初めて聞いたな。どんな夢?」
「世界中の料理を食べて、世界一の美食家になること」

視線をテレビへ戻す。今度は男が横顔を見つめるが、その表情は冗談を言っているようには思えないのだった。

「それはそれは。じゃ、僕も一緒に美食家になるかな」
「それは無理よ」
「どうして? 毎晩、君と同じものを食べてるじゃないか。君が幼い頃から培ってきた美食家としての経験だって、何年かあればきっと取り戻して」
「でも無理だわ」

女が視線を戻し、男の二の腕をさすりながら言う。

「だって、最後に私はあなたを食べるもの」

男の表情が固まる。

「美味しいものを食べたあなたのお肉を、美味しい料理にして食べるの。残念だけど、あなたは一緒のテーブルには座れないわ」

女は微笑んで、再びテレビに視線を戻す。男は性質の悪い冗談だと笑おうとしたが、彼女の真剣な横顔と、一緒に暮らし始めてからどんどん肉付きの良くなっている自分の体、ただの笑い事で済まされない何かがあるような気もした。つばを飲み込み、額の汗を手の甲で拭うのでやっとだった。

『明日からはお料理に困ることはありません! 最新型の万能包丁、今回はこれに小型のナイフをお付けして……』

テレビから聞こえる、素材を刻む小気味良い音。中年女性の声。

Fin.

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