monologue : Project K.

Project K

黄色と緑色と鳥かご

「ほら、もう出てけよ」

窓枠にすまし顔で立ったままのインコに、手で追い払うような仕草をしてみせる。しかし意味が通じるわけもなく、インコは少し首を傾げて僕を見た。

「もうお前をウチに置いとく理由もないんだよ」

黄色と緑色と小さな鳥の好きな女が、半年くらい前に僕の部屋に転がり込んだ。彼女はデートのたびに黄色か緑色のインテリアを買い込んで、十二回目くらいのデートでこのインコが欲しいと言い出した。黄色と緑色と小さな鳥、条件は全部満たしてるわけだ。

「ほら、お前のご主人様はいないんだから。俺じゃないだろ?」

その彼女が一昨日、僕の部屋を出ていった。僕の部屋を我が物顔で占拠していた、黄色やら緑色のインテリアの半分くらいは車に積んで運ばせたが、あとは彼女が処分すると言った。思い出も一緒に、なんて似合わないセリフも残して、彼女は綺麗さっぱりいなくなった。

「ほら、だから出てけってんだよ」

もう少し近付いて手を振ると、インコは窓枠から飛び立っていった。ようやく厄介払いを済ませた僕は、少しだけ感傷に浸ることにした。半年分の思い出を、今日の午後のうちに清算するつもりだった。

次の日、朝一に窓を開けた途端、あのインコが窓枠にとまった。どこかで待ち伏せでもしてて、僕が窓を開けるのを見て大喜びで飛び降りてきたのか。寝起きの頭と目に、インコの色は毒々しく映った。

「お前なあ……ずっとすぐそこにいたわけじゃないよな?」

聞いた話だと都会のある地区では、ペットのインコが野生化してコミュニティまで作ってるらしい。外に放り出されたくらいで生きていけないわけじゃないだろうに。僕は台所の棚から、鳥用のエサを取り出して小皿に乗せた。

「エサの捕り方がわかんないのか? ペットだから何食べればいいのかわかんないのか?」

くだらない問いかけにも少し首を傾げるだけで、インコはエサをついばみ続けた。食べるだけ食べるとインコは飛んでいって、その日はもう姿を現さなかった。エサの箱を振ると、底の方でザラザラと音がした。

次の日の朝も、僕が窓を開けると同時にインコは降りてきた。エサだけ食べにウチに通うつもりなんだろうか。問いかけても答えるはずもなくて、ただ小さく首を傾げるだけだったが。

「お前ひょっとして、俺に養ってもらいたいだけなのか? それじゃあの女と変わらないじゃないか」

精一杯の強がりと皮肉をこめてもインコは無反応で、小皿に乗せたエサを食べ切ると、さっさと外に飛んでいってしまった。そして昨日と同じように、もうその日一日は顔を出さなかった。箱を振ると、少しだけ波のような音がした。

その翌日の朝も、インコは僕の部屋の窓枠にいた。僕はこれが習慣になるかも知れないことに嫌悪感を抱いて、少しだけ渋い顔をした。が、残ってるエサくらいは処分してもらおう、とも思っていた。差し当たって今のところは何も問題はないのだが。

「……じゃあ、今処分してもらえばいいんじゃないか」

そんなたいしたことに気付いたわけでもないのだが、つい声が大きくなる。

「今日は大サービスだ、全部食っちまえ。それからもう来るなよ」

何だかカッコつけたようなセリフで、インコの小皿にエサを追加した。箱が空になるまでエサを出してやると、あとは黙って見守った。インコは何の反応もしないでそれをたいらげると、また外に飛んでいってしまった。

「……エサは全部処分できたよな」

もう見えなくなってしまったインコを眺めながら、僕は小さくつぶやいた。

翌日の朝、インコは窓枠に降りなかった。僕は窓から顔を出して電線の上なんかを見渡したけれど、どこにもあの毒々しいような黄色と緑色は見当たらなかった。

「なんだ、せっかく」

期待していた、と言えなくもない。いなくなって欲しくない、と思っていた、そう言えなくもなかった。あのままいなくなればいい、と思っていたなら、わざわざ新しいエサを買ってくる必要なんてなかったのだから。新品のエサの箱を手に、小さくため息をついた。

「なんだ、せっかく準備したのも無駄になったのか」

なんてことはない、タテマエが現実になっただけの話だった。鳥も女も、自分の気が乗るころにはいなくなるってことか。小さく小さくつぶやいたセリフを、窓の外から笑うやつがいた。

「何それ、カッコつけちゃって。最初にかごから逃がしたのはあなたよ」

窓の外に、彼女が立っていた。手には小さな黄色の鳥かごと、中には毒々しいような色の小鳥が一羽。

「毎晩ウチにエサだけ食べに来るんだから、いい加減頭にきて捕まえてやったのよ、昨日の晩に」
「それで、俺に引き取らせるつもりで来たのか?」
「まさか、あなたに世話しきれるわけがないじゃない。鳥、苦手なんでしょ?」
「苦手ってほどでもないけど……じゃあ何しに来たんだよ」

ちょうど新品のエサもあるみたいだし、と小さくつぶやいてから彼女が言った。

「……共同で世話するのはどうかな、って。提案しに来たのよ」

彼女は僕から目をそらして、かごの中の鳥を見つめた。そして、この部屋にはおしゃれなインテリアが足りないわね、とつぶやいた。

Fin.

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