中原中也
Pour tout homme, il vient une époque / où l'homme languit. ―Proverbe. / Il faut d'abord avoir soif…… / ――Cathérine de Médicis.
私はも早、善い意志をもつては目覺めなかつた
/
起きれば
昔 私は思つてゐたものだつた / 戀愛詩なぞ愚劣なものだと
今私は戀愛詩を詠み / 甲斐あることに思ふのだ
だがまだ今でもともすると / 戀愛詩よりもましな詩境にはいりたい
その心が間違つてゐるかゐないか知らないが / とにかくさういふ心が殘つてをり
それは時々私をいらだて / とんだ希望を起させる
昔私は思つてゐたものだつた / 戀愛詩なぞ愚劣なものだと
けれどもいまでは戀愛を / ゆめみるほかに能がない
それが私の墮落かどうか / どうして私に知れようものか
腕にたるむだ私の怠惰 / 今日も日が照る 空は靑いよ
ひよつとしたなら昔から / おれの手に負へたのはこの怠惰だけだつたかもしれぬ
眞面目な希望も その怠惰の中から / 憧憬したのにすぎなかつたかもしれぬ
あゝ それにしてもそれにしても / ゆめみるだけの 男にならうとはおもはなかつた!
しかし此の世の善だの悪だの / 容易に人間に分りはせぬ
人間に分らない無數の理由が / あれをもこれをも支配してゐるのだ
山蔭の
汽車からみえる 山も 草も / 空も 川も みんなみんな
やがては全體の調和に溶けて / 空に上つて 虹となるのだらうとおもふ……
さてどうすれば利するだらうか、とか
/
どうすれば
要するに人を相手の思惑に / 明けくれすぐす、世の人々よ、
僕はあなたがたの心も尤もと感じ
/
一生懸命
今日また自分に歸るのだ / ひつぱつたゴムを手離したやうに
さうしてこの怠惰の窗の中から / 扇のかたちに食指をひろげ
靑空を喫ふ
しかし またかうした僕の状態がつづき、 / 僕とても何か人のするやうなことをしなければならないと思ひ、 / 自分の生存をしんきくさく感じ、 / ともすると百貨店のお買上品屆け人にさへ驚嘆する。
そして理窟はいつでもはつきりしてゐるのに
/
氣持の底ではゴミゴミゴミゴミ懷疑の
と、聞えてくる音樂には心惹かれ、 / ちよつとは生き生きしもするのですが、 / その時その二つつは僕の中に死んで、
あゝ 空の歌、海の歌、 / 僕は美の、核心を知つてゐるとおもふのですが / それにしても辛いことです、怠惰を逭れるすべがない!
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