末黑野

中原中也

温泉集

珍しき小春日和よ縁に出で爪を摘むなり味氣なき我

籠見れば炭たゞ一つ殘るあり冬の夜更の心寂しも

友食へば嫌ひなものも食ひたくて食うてみるなり懶き日曜

森に入る雪の細路に陽はさして今日は朝から行く人もなし

二本のレール遠くに消ゆる其の邊陽炎淋しくたちてある哉

森に入る春の朝日の心地よき露キラキラと光る美しさ (*)

幾ら見ても變りなきに淋しき心同じ掛物見つむる心

大山の腰を飛びゆく二羽の鳥秋空白うして我淋しかり

湧く如き淋しみ覺ゆ秋の日を山に登りて口笛吹けば

怒りたるあとの怒よ仁丹の二三十個をカリカリと噛む (*)

悲しみは消えず泣かれず痛む胸抱くが如く冬の夜道ゆく

小春日のいぢら暖さに土手の土もチクリチクリと凍溶けるらし (*)

命なき石の悲しさよければころがりまた止まるのみ

何處にか歌へば聲の忽に消えてゆくなり靜けき山の中

細き山道通りかゝれるこの我をよけてひとこといふ爺もあり

枯草に寢て思ふまゝ息をせり秋空高く山紅かりき

冬の夜一人ゐる間の淋しさよ銀の時針のいやに光るも

冬の朝床の中より傍の友にゆふべの夢語るなり

紅の落葉すざむき秋風に我が足もとをカサカサとゆく (*)

晩秋の乳色空に響き入るおゝ口笛よ我の歌なる

汽車の窓幼き時に遊びたる饒津神社の遠くなりゆく

かばかりの胸の痛みをかばかりの胸の甘味を我合せ知る

ヒンヒンと啼く馬のその聲に晩秋の日も暮れてゆくかな (*)

刈られし田に遊べる子等の號び聲淋しく聞こゆ秋深みかも

買物に出かける母に連れられし金澤の歳暮の懷しきかな

何故か今日胸に幻漂へる旅せし友の目に浮びては

この朝を竹伐りてあり百姓の霧の中よりほんのりみゆる

川邊の水の溜にげんごらう砂とたはむるその靜けさよ

このファイルについて

底本
中原中也「中原中也全集 第 1 巻」角川書店
1967 年 10 月 20 日 初版發行
1967 年 11 月 30 日 三版發行
中原中也「中原中也全集 第 2 巻」角川書店
1967 年 11 月 20 日 印刷發行
入力
イソムラ
2004-03-31T16:50:45+09:00 公開
2010-02-19T12:05:00+09:00 追加・修正
概要
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