monologue : Same Old Story.

Same Old Story

春よ来い

「綺麗な桜にはね、根元に死体が埋まってるなんて言うのよ」

祖母が幼い僕に言った言葉だ。何十年も前のことなのに、いまだに鮮明に覚えている。

「怖がらなくてもいいの。決して怖い話じゃないわ」
「じゃあおばあちゃん、あの桜が綺麗に咲いたら、根元には誰かの死体が埋まってるの?」

あじさいだって土壌の質で花びらの色を変える。桜が多少綺麗に咲くくらい、決して有り得ないことじゃないと僕は思う。

「あら、桜を見てるなんてめずらしい」

ふいに背後から声をかけられ、僕は現実に引き戻された。母だ。

「おばあちゃんが好きだった桜、今年はまた一段と綺麗ね」
「樹齢、何年くらいだったっけ」
「さあ、おばあちゃんと同じくらいだそうだから……八十は超えてると思うわ」

その祖母は、去年の初夏、桜が緑に変わる頃に亡くなった。自分と同じ激動の時代を過ごしたこの桜に、尋常でないほどに強い思い入れを持っていたらしく、遺骨をその根元に埋めてくれと言うほどだった。

「母さん」

もっともその願いは退けられ、遺骨は先祖代々の墓に入っているが。

「あのさ」
「なあに?」

母は間延びした声で、僕の問いの続きを待っているようだった。風がさらりと吹いて、桜の枝を揺らした。

「……なんでもない」

聞けるわけがない、そんなこと。祖母の、あなたにとって義理の母の骨を、あの桜の根元に埋めたのか、なんて。

母は、何事もなかったようにつぶやいた。

「本当に今年は綺麗。天国のおばあちゃんも鼻が高いでしょうね」

僕は何も言わず、ただ黙って桜を見ていた。やがて母がつぶやく。

「来年も綺麗に咲くかしら」

僕は、小さな小さな声で返事をした。

「多分、きっとね」

さらりと風が吹いて枝を揺らし、花びらを一枚だけ持っていった。

Fin.

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