monologue : Project K.

Project K

ラストシーン

「お前、本当に行かなくていいの?」
「いいんだよ。今時、転校するやつの見送りなんて」

ありえない、と僕は、週刊誌を立ち読みしながらつぶやくように言う。少し肌寒いくらいに涼しいコンビニに居座って、もう三十分くらいになるか。

「でもお前、彼女のこと好きだったんじゃないの?」

肩を並べて立ち読みをする友人は、容赦なく核心をついてみせた。僕は内心焦っているのを気付かれないように、精一杯虚勢をはりながら、なるべく自然体のつもりで答えを返す。

「それとこれとは別だろ。第一、転校するんなら仕方ないじゃん」
「そうかな。言うか言わないか、は随分違うと思うけど」
「もしも告白して受け入れられたとしても、その後どうするんだよ? 明日から顔も見れない相手とうまくいくと思ってる?」
「遠距離恋愛だっていいじゃん。気持ちの問題だろ」

僕はなぜか彼の言葉が気になって仕方がなくて、目では何となく週刊誌の記事を追っているけれど、その文章の意味は全く頭に入ってこなくなっていた。店員が、数分おきに僕らをにらみつける。

「高校生で遠距離恋愛なんて、自然消滅の前フリみたいなもんだよ。一日会うためだけに一ヶ月バイトして、なんてバカバカしい」
「気持ちの問題だろ。気持ちっていうか、愛情っていうかさ」
「どう違うんだよ」

彼は手にしていた週刊誌を棚に戻すと、軽くため息をついて言った。

「俺、今からちょっと行ってくる。そうだな……十五分以内に絶対来いよ」
「もういいから、気にするなよそんなこと。別に言わなきゃいけないことじゃないんだから」

聞こえたのか聞こえないのか、彼は何も言わずに店を出て行った。案の定冷やかしか、お前はどうなんだと、店員が無言の圧力を僕にかける。その目を見ないでいいように、僕はまた週刊誌に視線を戻した。流行りのドラマのラストシーンが、視聴率ランキングと一緒に写真付きで載っている。

『日本中が泣いた! ― 感動の最終回、最高視聴率 38%』
「ドラマなんて」

現実逃避だから面白いんだ、あり得ないことだから泣けるんだ。誰に聞かせるでもなく、ぼそぼそと毒づく。体中がだるくなるような感覚を覚えながら、大きくため息をつく。

そのとき、僕の目の前の、コンビニのガラスを軽く叩く音が聞こえた。

「何してんの?」

ガラス越しの彼女の口は、そう言っているように動いて見えた。

なんてこった。どうして、送別会真っ最中のはずの彼女がここにいるんだ? 僕は、突然の出来事に頭が真っ白になりながら、手にした週刊誌を顔のすぐ横に持ってきて、表紙側が彼女に見えるようにしてつぶやいた。

「た・ち・よ・み。見送りは? 引越しは?」

彼女は耳を僕に向けて聞き取れないジェスチャーを示して、僕の視界の外に向かって駆け出すと、入り口の自動ドアから今度は僕に向かって駆けてきた。心臓が大きく跳ねて、脈打つ音が自分の耳に響く。

「あー暑かった。涼しいね、ここ」
「うん、涼しい。見送りは? 引越しは?」

さっきと同じ言葉を繰り返す。まだ頭は真っ白で、他に言葉らしき言葉は浮かんでこなかった。

「なんか暑くって、皆の分のジュースの買い出しに来た」
「誰かにやらせりゃいいのに、そんなの。今日は主役だろ」

彼女がそこにいることはどうでもない、それよりもこの最終回の記事が読みたくて仕方がないんだ、と僕は自分をあざむこうと必死になった。今見たいのは彼女の表情じゃなくて、あの俳優が最後に見せた表情で、気になるのは彼女の言葉じゃなくて、感動的な最終回のセリフで……。

「本当暑いねー」

そうつぶやくと、彼女はドリンクコーナーに向かって歩き出した。僕はプレッシャーから解放されることに少し安心して、自分の情けなさに少し涙が出そうになって、今度はそれから逃れようと必死に紙面をみつめた。店員は、今度はどんな表情で僕らを見ているだろう?

「ねー、どれがいいかな」

後ろの方から彼女の声が聞こえる。ジュースを選んでいるのだろう。

「やっぱり炭酸系かな。でも女の子多いし」

週刊誌を持つ手に力が入る。少ししわになったかも知れない。店員は、僕をにらんでいるだろうか。これが僕ら二人の最後の会話、なんてことは夢にも思ってやしないだろう。

『日本中が泣いた! ― 感動の最終回、最高視聴率 38%』

こんなラストなんて、こんなラストシーンなんて。

「何読んでるの?」

突然僕の肩越しに、彼女が週刊誌を覗き込んだ。心臓が飛び出そうになるのをこらえて、小さく素早く息を吸って、ゆっくりと振り向く。

「ドラマの最終回? これ好きだったんだ?」
「うん、まあ、そこそこ」
「だろうねー、涙目になってるよ」
「え」

慌てて目をこすり、少しだけ笑っている彼女を見て僕も笑う。

「ね、私の送別会おいでよ。さっき始まったとこなんだ」
「え、でも」
「女の子多いけど気にしなくていいよ、ね?」
「…………」
「よし、決まり」

彼女は突然僕の腕をつかみ、反対の手にペットボトルを抱えて、レジに向かって僕をぐいぐいと引っ張っていった。僕は心の中で、さっきつぶやいた言葉をもう一度つぶやいた。

こんなラストシーンなんて。

一歩一歩レジに近づいていく、とても短い道のりの間、僕は必死で自分を奮い立たせて、きっと半分は麻痺してる脳味噌を叩き起こして、今の僕にできる精一杯の行動に向かわせる努力をした。今年一番の、もしかしたらここ数年で一番の努力を。

彼女の手をふりほどき、少し驚いた顔で振り向く彼女の手をつかんで、僕が引っ張って歩く。彼女は、少しだけ笑顔でいてくれた。

その後、僕の様子を見に来たのか彼女を迎えに来たのか、ともかく僕の友人が僕ら二人を見つけるまで、僕らはずっと手をつなぎっぱなしだった。手をつないだまま何分か歩いて、彼女の送別会の会場に向かっていた。

僕の行動は少しだけ結末を変えるだろうし、何より、僕はラストシーンに多少なりとも納得がいくようになるだろう。二人を冷やかす友人に慌てて言い訳をしながら、僕はそんなことを考えていた。

Fin.

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